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2階建て新幹線Max「引退」後継車が作られなかった事情

土屋武之・鉄道ライター
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2階建て新幹線のE4系Max=燕三条駅で
2階建て新幹線のE4系Max=燕三条駅で

 2階建て新幹線として唯一残っていたJR東日本のE4系「Max」が、10月1日限りで定期運用から退いた。E4系は1994年デビューのE1系を改良した車両で、97年に運行を開始。最長16両編成での定員は、高速鉄道としては世界最大級の1634人にも及び、「新幹線通勤」を20年以上にわたって支えた車両でもある。

 今回は、JR東日本が「2階建て新幹線」を投入した背景から振り返りたい。

新幹線通勤との関係

 話は80年代の「バブル景気」の時代にさかのぼる。当時は不動産価格が高騰し、とりわけ庶民が都心で住宅を購入するハードルは高かった。だが群馬県の高崎市や栃木県の宇都宮市といった地方都市まで行けば、東京23区内と比べて安く住宅を購入できた。しかも新幹線を使えば、東京都心へも約1時間で通勤できる。

 そこで23区内で高額のマンションを購入するより、高崎市などに安くマンションを買い、差額で新幹線の定期券代をやりくりすればよいと考える人々が現れた。83年、旧国鉄が新幹線の自由席に乗車できる定期券「FREX」の発売を開始していたこともこの流れを後押し、通勤手当の枠を拡大する企業も登場した。

 90年代からJR東日本が2階建て新幹線を投入した理由は、高崎・宇都宮方面から都心へ新幹線通勤をする人が増えていたことに他ならない。朝の上り列車では席を確保できない状況にまでなっていた。

 “増発”がままならなかった事情もある。東京─大宮では東北新幹線と上越新…

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土屋武之

鉄道ライター

1965年、大阪府豊中市生まれ。大阪大学で演劇学を専攻し、劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。出版社勤務を経て97年に独立し、ライターに。2004年頃から鉄道を専門とし、雑誌「鉄道ジャーナル」のメイン記事などを担当した。東日本大震災で被災した鉄道路線の取材を精力的に行うほか、現在もさまざまな媒体に寄稿している。主な著書に「ここがすごい!東京メトロ」(交通新聞社)、「きっぷのルール ハンドブック」(実業之日本社)など。