赤間清広の「ちょっと寄り道」経済ニュース

日本を変えた?外食産業に革命を起こした「マクドナルド」の半世紀

赤間清広・毎日新聞経済部記者
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東京・銀座にオープンしたマクドナルド1号店。目の前の歩行者天国は大勢の客であふれている=日本マクドナルド提供
東京・銀座にオープンしたマクドナルド1号店。目の前の歩行者天国は大勢の客であふれている=日本マクドナルド提供

 1971年7月20日、東京・銀座の三越1階に米国発のファストフード店が新規オープンした。その名はマクドナルド。日本第1号店の出店から今年で50年になった。今や日本を代表する「外食産業の雄」に成長した同社だが、その半世紀の歩みは日本経済に大きな影響を及ぼしてきた。マクドナルドの歴史をたどり、日本に刻んだ功罪を探った。

1号店、気になるメニューの中身は?

 国内のマクドナルドの店舗数は現在、約2900店舗。店舗数が最も多かった2002年には約3900店舗に達し、日本は発祥の米国(20年時点で約1万4000店舗)に次ぐ「成功例」ともいわれている。

 なぜ、マクドナルドは日本人にこれほど広く受け入れられたのか。外食産業に詳しい亜細亜大経営学部の横川潤教授はこう見る。

 「1号店の出店当時、日本の専門家の多くは『米食文化の日本でハンバーガーなど受け入れられない』と冷ややかだった。しかし、若者は新しい文化の象徴としてマクドナルドを受け入れ、ハンバーガーを食べながら歩行者天国を歩くことが『カッコイイ』という新しいカルチャーを作った。味だけでなく、日本人の価値観そのものを変えてしまったことがマクドナルドが成功した最大の要因だろう」

 新たな文化の創造は偶然の産物ではない。日本マクドナルド創業者の藤田田(でん)氏は1号店の出店当時から、それを明確に意識していたようだ。

 米国のマクドナルドの店舗立地は郊外が基本。日本でも当初、1号店の出店場所として想定されていたのは神奈川県茅ケ崎市内で、物件の候補まで絞り込まれていたという。

 しかし、藤田氏の頭の中にあったのは、流行の「発信地」、東京・銀座だった。ハンバーガーのイメージを日本全国に発信するため、銀座、それもその中心にある三越への出店にこだわった。

 当時のメニューは何だったのだろう。日本マクドナルドに聞いて…

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赤間清広

毎日新聞経済部記者

 1974年、仙台市生まれ。宮城県の地元紙記者を経て2004年に毎日新聞社に入社。気仙沼通信部、仙台支局を経て06年から東京本社経済部。16年4月に中国総局(北京)特派員となり、20年秋に帰国。現在は霞が関を拠点に、面白い経済ニュースを発掘中。新著に「中国 異形のハイテク国家」(毎日新聞出版)