毎日家業×創業ラボ

「国産大豆の旗は降ろさない」豆腐店の好機と危機

清水憲司・毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)
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移動販売を始めた頃の山下ミツ商店の山下浩希さん=本人提供
移動販売を始めた頃の山下ミツ商店の山下浩希さん=本人提供

 石川県白山市の豆腐店「山下ミツ商店」の山下浩希さん(60)は今年10月、手塩にかけて育ててきた会社を、茨城県取手市を本拠地とする「染野屋」に売却しました。連載2回目の今回は、国産大豆と天然にがりでつくったお豆腐で、デパ地下への進出など会社を大きく成長させた経緯を追いかけます。順調に見えた山下ミツ商店でしたが、思わぬ壁が待ち受けていました。

私の家業ストーリー<2>山下ミツ商店・山下浩希さん

 大学卒業後、1年半ほど勤めた地場の食品スーパーをやめ、1985年10月、祖母ミツさんと母孝尾さんが切り盛りしていた山下ミツ商店に入った山下さん。地元の名産品「堅(かた)とうふ」が当時の主力商品だったが、「もっといろいろな豆腐を作れるようになって、どこででも通用する豆腐店になりたい」と決心した。

 今は物珍しさもあって「堅とうふ」は売れているが、そこにとどまっていては何十年も続く店にはなれないだろう。「変わらなきゃいけない」。そう感じていた矢先、人気マンガ「美味しんぼ」での豆腐の描かれ方に衝撃を受けた。

 マンガの中で主人公は、スーパーの豆腐を「論外」と切り捨てた上で、国産大豆を使い、水にもこだわった豆腐の食べ比べをしていた。「これだ」。国産大豆を炊き上げ、天然にがりで固める豆腐を作ろう。

 しかし、問題があった。当時、天然にがりを使う製法は極めて珍しく、どうやって作るのか、皆目見当が付かなかった。この頃はまだ塩が専売制で、天然塩の副産物である天然にがりを入手するのも簡単ではなかった。

 このままあきらめてしまってもおかしくなかったが、「家族経営の何でも屋」だった山下ミツ商店がお酒も売っていたことが、思いがけない突破口につながった。川崎市に、無農薬で栽培した酒米でつくる「自然酒」で繁盛している商店がある…

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清水憲司

毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)

 1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を卒業後、99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て、東京経済部で流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当した。2014~18年には北米総局(ワシントン)で、米国経済や企業動向のほか、通商問題などオバマ、トランプ両政権の経済政策を取材した。