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後継者を作れなかった…豆腐店の「自分で決めるM&A」

清水憲司・毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)
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山下ミツ商店の山下浩希さん=本人提供
山下ミツ商店の山下浩希さん=本人提供

 石川県白山市の豆腐店「山下ミツ商店」の山下浩希さん(60)は今年10月、茨城県取手市を本拠地とする「染野屋」に会社を売却しました。業績が上向かず、後継者も見つからない。「このままでは先がない」と頭では理解できても、自分の手で育ててきた会社を売却することには、大きな抵抗感と迷いがありました。多くの中小企業にとって共通の課題である後継者難。山下さんの決断を追いかけます。

私の家業ストーリー<3>山下ミツ商店・山下浩希さん

 国産大豆の高騰に、デパ地下店舗の販売不振。2010年ごろを境に、山下ミツ商店の売上高は下り坂になっていた。そうした中で始めた移動販売に手応えを感じていた。

 なぜなら、そこに「商売の原点」を感じたからだ。「こんな商品を作りたい」という自分の思いが、お客さんに支持されれば売り上げに反映され、そうでなければ商品を見直すか、自らの商品を支持してくれるお客さんを探しに行く。

 スーパーなど特定の企業に売り上げを依存していては、自分の意にそぐわない商品を作らざるを得なくなることもあるだろうが、移動販売の相手は一人一人の消費者。可能性は無限に広がっているとも言える。

 山下ミツ商店に入る前は、食品スーパーで働いていたから、商品を大量に陳列して来店客が手に取っていくセルフサービス方式も好きだ。しかし、自分たちが作っているのは、価格は高いが価値も高い商品であり、お客さんに自ら説明して売り歩く移動販売が適していると確信した。

 しかし、もう一つの現実が目の前に迫っていた。50歳を過ぎたある日、地元の経営者仲間として親しくしていた6歳年上の食品メーカーの社長が「周囲に迷惑をかけないような会社の閉め方を考えている」と話すのを聞いて、驚いた。

 その会社の業績は悪いわけではなかったが、確かに後継ぎがいなかった。後継者がいないのは、自分も同じだ。遅かれ早かれ、自分も同じような決断をしないといけないのではないかと…

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清水憲司

毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)

 1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を卒業後、99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て、東京経済部で流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当した。2014~18年には北米総局(ワシントン)で、米国経済や企業動向のほか、通商問題などオバマ、トランプ両政権の経済政策を取材した。