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芥川賞「ブラックボックス」若者の閉塞感と暴力衝動

重里徹也・文芸評論家、聖徳大特任教授
芥川賞受賞が決まり、記者会見で笑顔を見せる砂川文次さん=東京都千代田区で1月19日、大沢瑞季撮影
芥川賞受賞が決まり、記者会見で笑顔を見せる砂川文次さん=東京都千代田区で1月19日、大沢瑞季撮影

 芥川賞を受賞した砂川文次の「ブラックボックス」(講談社)を読みながら、現代の若者の心の中に思いをはせた。行き場のない閉塞(へいそく)感、何をやっても無意味な感じ、突然の暴力への衝動。主人公の救いようのない孤独と、荒涼とした内面がじわじわと伝わってきたのだ。

 文芸春秋3月号のインタビューや新聞記事などによると、砂川は1990年、大阪府生まれ。神奈川大卒業後、自衛隊に入隊。北海道や三重県で勤務し、2018年に辞めた。現在は東京都内の区役所で働いている。

 自衛隊に在職中の16年に文学界新人賞(月刊誌の「文学界」が主催する公募の新人賞)を受賞して作家デビュー。すでに何冊かの作品がある。

社会の片隅でもがく主人公

 今回の受賞作は大きく二つの部分に分かれている。前半は20代後半の元自衛官の主人公が、自転車でものを急いで運ぶ仕事(自転車便、メッセンジャー)に励みながら、社会の片隅でもがく姿を描いている。後半は突然に暴力事件を犯した彼の刑務所での生活をつづっている。

 読みやすい小説だ。しかし、文章は乾いている。描写は淡々と事実を羅列する。視点になっている主人公の青年が、世界とうまく心を通わせられないからだ。世界と主人公の間にうっすらと膜があり、主人公は自分の内面から出ていけない感じといえばいいだろうか。

 働く喜びもあまり感じられない。「ずっと遠くに行きたい」と思いながら、ひたすらに自転車を走らせるだけだ。もちろん、どこへも行けない。配車係からの無線で仕事を受け、雨の日も懸命にペダルをこぐだけだ。

 事故やトラブルも日常茶飯事だ。仕事は歩合制で、懸命に頑張らないと稼げないし、体力が衰えると続けられない。同じ立場の者の多くはこのままで自分の人生はいいのかと悩んでいる。少し引いて眺めれば、社会からいいように消費されている存在といえるだろう。

突然の転換…

 主人公は東京・三鷹のはずれに住んでい…

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文芸評論家、聖徳大特任教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年聖徳大教授。23年4月から特任教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。