
変わりゆく「決済」(2)
給与をデジタルマネーで受け取る「デジタル給与」が2023年に解禁の見通しだ。現在は銀行口座振り込みがほとんどだが、本人が同意すればスマートフォン決済などの口座で直接受け取れるようになる。なぜ、政府はこうした規制緩和を進めようとし、それは利用者のどんなメリットにつながるのだろうか。
「3億円事件」で銀行振り込みが普及
給与の支払い方法について、労働基準法第24条は「通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定める。法的には「現金手渡し」が原則だ。
ただし例外として、施行規則で、本人の同意があれば銀行口座などへの振り込みも認める。その場合、取り扱う金融機関を複数提示し、支払日午前10時までに行うなどの決まりがある。
例外扱いの銀行振り込みが主流となったのは、企業の事務コスト削減やセキュリティー上のメリットが大きいためだ。1960年代は現金手渡しが中心だったが、68年12月、東京都府中市で東京芝浦電気(現東芝)の賞与を運ぶ現金輸送車が襲われた「3億円事件」を契機に、振込が普及した。
この給与の支払い方法について、厚生労働省は年内に省令を改正し、スマホ決済口座に直接振り込むことも認める。
その狙いは、キャッシュレス化を進めることにあるという。
日本のキャッシュレス決済比率は20年で30%程度と50~60%台の欧米に見劣りする。経済産業省によると、現金決済インフラを維持するコストは年間推計約2.8兆円にのぼる。政府はこうしたコストを削減して効率化を図るため、キャッシュレス比率を将来的に世界最高水準の80%とする目標を掲げる。
現金手渡しによらずお金をやりとりする「為替取引」は銀行の独壇場だったが、09年成立の資金決済法で銀行以外でも為替取引ができる資金移動業者が生まれた。「PayPay(ペイペイ)」「LINEペイ」など現在85社ある。
その代表的サービスのスマホ決済は普及が進む。利用者はスマホ決済の口座を銀行口座などとひも付け、お金をチャージして支払いや送金に使っている。
政府は、スマホ決済の口座に直接給与を入金できれば、利用者はチャージの手間が省けて利便性向上につながり、キャッシュレス化の原動力になると期待する。資金移動業者にとってはサービスの規模が広がりビジネスチャンスになる。
デジタル給与は厚労省の労働政策審議会分科会で審議していたが、労働側は労働者保護の面から難色を示し、議論が長期化していた。厚労省は9月13日、口座残高上限を100万円とし、資金移動業者が破綻しても残高全額を保証する仕組みなど、要件を厳格化した案を示し、分科会が了承した。
発端は外国人用「ペイロールカード」
デジタル給与の議論は17年に始まったが、当時の論点は今とは異なっていた。
発端は同12月、東京都などが国際戦略特区の外国人労働者受け入れ策として示した提案だ。外国人は来日後、一定期間は銀行口座を開設できず、給与支払いに支障がある。そこで外…
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