
東京の谷中(台東区)から根津・千駄木(文京区)にかけてのエリアは「谷根千(やねせん)」と呼ばれ、懐かしさを感じる路地や建物がいまも残る。近年、静かに続く街歩きブームでもその魅力が再注目された。例えば「谷中ぎんざ商店街」から日暮里駅方面に向かうと、「夕やけだんだん」と呼ばれる階段が現れる。きれいな夕焼けを見たくてたたずむ人たちの姿は、いまではすっかりおなじみの光景だ。
谷根千エリアには書店や古書店も点在し、それを目当てに訪れる人も多い。そんな本好きが集まる場所として、知る人ぞ知る存在なのが千駄木の「往来堂書店」だ。書店経営は冬の時代と言われ久しいが、そんな中でファンを着実に増やしてきた同店の店長、笈入建志(おいり・けんじ)さん(52)に、店づくりへの思いを聞いた。
誰かの読書体験から出会う一冊
店は地下鉄の千駄木駅から徒歩5分の不忍通り沿いにある。見た目はよくある街の小さな書店だ。およそ20坪(66平方メートル)の店内に2万冊ほどが収められている。だが整然としていて窮屈さは感じない。じっくり見て回るにはちょうどよい広さだ。
最初に目を引くのは、入り口正面に設けられた企画コーナーだ。筆者が訪れた日は文庫フェア「D坂文庫2022夏」の会期中だった。D坂とは千駄木駅近くの「団子坂」のこと。江戸川乱歩の代表作「D坂の殺人事件」の舞台として知られる場所だ。
この企画では、往来堂書店と縁のある作家や出版関係者、書店員など約50人が、お気に入りの文庫本を選んで推薦文を寄せる。それをまとめた小冊子とともに、文庫本がずらりと並ぶ。
「推薦文は単なる本の紹介ではなく、どう読んだのかをテーマに書いてもらっています。誰かの読書体験が、普段は手に取らないジャンルに興味を持つきっかけになれば」
そう話す笈入さんが店づくりで重視するのは、本との思いがけない出会いだという。
探究心がくすぐられる「文脈棚」
その象徴と言えるのが「棚づくり」だ。新刊・既刊を織り交ぜた棚をつくり、そこ…
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