村上春樹を求めて フォロー

村上春樹と川端康成の「意外な共通点」とは

重里徹也・文芸評論家、聖徳大特任教授
 
 

 村上春樹の6年ぶりの新作長編「街とその不確かな壁」(新潮社)が刊行されて約1カ月。新聞、雑誌、ネットなどに、多くの書評やインタビューが掲載され、にぎやかな話題になっている。できるだけ多く目を通したが、なるほどとこちらの思考を深めてくれるものも少なくなかった。

 特に印象的だったのは、「新潮」6月号に掲載された小川洋子の文章「垂直移動に耐える」だった。日本の現代文学を代表する1人で人気作家の小川は、村上の影響下に創作を続けてきたと目される。彼女が指摘しているのは、村上作品と川端康成の共通点だった。2人の作品に共にある「取り返しのつかない過去の欠落」を指摘して、説得力があったのだ。

奇跡のような出会い

 村上の新しい長編小説を貫いているのは、一つの恋愛だ。主人公の「ぼく」が高校3年の17歳、「きみ」が高校2年の16歳。2人が前の年の秋に出会えたのは奇跡のようなことだった。なぜなら、お互いに「自由に自然に、自分のありのままの気持ちや考えを口にできる相手」だったからだ。いわば、100%のコミュニケーションができる他者といえばいいか。

 「きみ」は「ここにいるわたしは、本当のわたしじゃない」と言う。影のようなものだという。そして、「本当のわたし」は「高い壁に囲まれた街」で図書館に勤めていると話す。2人は共同作業で、この架空の街の細部を決定し、記録していった。

 まもなく突然に姿を消した「きみ」を40代になっても主人公は追い求めている。ピュアな愛といってもいいし、ネガティブにとらえる人もいるかもしれない。意外にこのへんに、村上文学が好きな人とそうじゃない人の分かれ目の一つがあるかもしれない。

想像上の街への行き来

 この小説を乱暴にはしょって要約すれば、主人公が想像上の街(異界)へこの少女に会いに行き、再び現実に帰ってくる話だ。なぜ、そんなことをするのだろう? それは決まっている。主人公にとって、世界で最も重要なもの、人生で最も価値の高いものがこの街にあるからだ。

 主人公がこの壁に囲まれた街と現実世界を行ったり来たりする(行ったきりにならず、往還する)のが、これまでにない今作品の特徴だと指摘する書評が多かった。主人公にとって、この異界は人生の錘(おもり)のようになっていて、それで何とかバランスを保って生きている感触もある。

 小川洋子は川端康成にもそういう存在があったという。結婚を約束した恋人が、ある不運に襲われて別れざるをえなくなった過去に生涯、こだわり続け、「あらゆる形でその傷を作品に残した」というのだ(近年の研究で、彼女が身を寄せていた寺で性的な被害を受け、破談になったことがわかっている)。

取り戻せない「過去の欠落」

 小川は長編「山の音」や掌編(しょうへん)「不死」などの川端作品を例に挙げて、死者しか愛せない…

この記事は有料記事です。

残り445文字(全文1610文字)

文芸評論家、聖徳大特任教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年聖徳大教授。23年4月から特任教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。