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ゲノム解読でわかった100年前の「ヒーロー犬」の秘密

青野由利・客員編集委員
そりを引くシベリアンハスキー
そりを引くシベリアンハスキー

 「バルト」という名の犬をご存じだろうか。私は知らなかったが、100年近く前にその名をはせたヒーロー犬だ。

 1925年冬、米アラスカ北部の町ノームでジフテリアが発生した。死者も出始めたが、血清がない。厳冬の中、アラスカ中部の町からすばやく血清を届けるために最良の方法と判断されたのが犬ぞりだった。

 全長1000キロ以上を20人のマッシャー(犬ぞり操縦者)と150頭以上のそり犬が全速力でリレー輸送し、わずか5日間で現地に血清を届けた。ブリザードの中、最終区間を担ったのが6歳のシベリアンハスキー、バルトだったという。

 偉業をたたえニューヨークのセントラルパークには銅像が建てられ、オハイオ州のクリーブランド自然史博物館には剥製が展示されている。歴史に残る有名な犬という点でいえば、日本なら忠犬ハチ公だろうか。

遺伝的背景を探る「ズーノミア」

 と、ここまでが前置きで、本題は4月に米サイエンス誌の「Zoonomia(ズーノミア)」特集号に掲載された論文だ。

 ズーノミアは240種類の哺乳動物のゲノム(全遺伝情報)を解読し比較することによって、それぞれの遺伝的背景を探り、人の健康にも役立てようとする国際共同プロジェクト。体重数グラムのマルハナバチコウモリから巨大なクジラまでカバーされ、今回はプロジェクトの中から11論文が掲載された。

 バルトの論文はカリフォルニア大サンタクルーズ校などの米国チームによるもので、まず剥製から試料を採取し、最新の技術で劣化したDNAを分析した。これを現代のそり犬を含む682頭の犬のゲノム配列と比較。ズーノミアの240種の動物のゲノムデータも参照し、バルトの遺伝的特徴に迫った。

 そこからわかったのは…

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客員編集委員

東京生まれ。科学ジャーナリスト。好きな分野は生命科学と天文学。著書に「インフルエンザは征圧できるのか」「宇宙はこう考えられている」「ゲノム編集の光と闇」(第35回講談社科学出版賞受賞)など。20年日本記者クラブ賞受賞