およそ600万年から500万年前、人類の祖先が誕生し、二足歩行の生活を始めた。その後、ヒト=ホモ・サピエンスと呼ばれる私たちの祖先は、3万年前に誕生する。生息する地域を地球規模に広げてゆき、南極大陸を除いたほとんどの土地に出現するようになった。ほんの数百年前まで、人が暮らすほとんどの地域は都市を除くと文明と無縁であり、西洋医学の病院も医者も存在しなかった。そういった環境で、私たちの祖先は怪我で出血したり、捻挫や骨折したりしたとき、どうやって対処してきたのだろう? また、突然熱が出たり、体調をくずして寝込んでしまったりしたとき、どのように治療してきたのだろう? おそらく、自然や神々にお祈りしたり、近くの森で手にはいる植物や動物を、いろんなやり方で薬として試したり、失敗を何度もくりかえしつつ、役立つ治療法を徐々に発見していったのではないだろうか。個人の小さな発見や知識の積み重ねが、土着医療を生み、文明の発祥とともに、体系化された伝統医学にまで発展をとげていった。そうやって人は長い年月をかけて、怪我や病気にうち勝ってきたにちがいない。

 世界中には、異なる文化や言語、宗教などを持つたくさんの民族や部族がいる。同じ民族や部族であっても、生活する場所が異なれば言語や風習に違いがあらわれる。その違いの数だけ、世界中には独自の土着医療が存在する。かつては森などの豊かな自然が、暮らしを取り囲むように部族の集落近くにあった。人々は自然と共存することによって食料を得て、さらに薬草の知識を基にした地域固有の土着医療を徐々に身につけていった。

 土着医療とは、何万年から何千年もの間に蓄積された知識である。辺境の地では最近まで、文字の読み書きができない人たちがたくさんいた。あみだした薬草文化や医療の知識を伝える手段は、口伝しかなかった。現在でも、家族やシャーマン(巫女=みこ、祈禱師=きとうし)、土着医療を行う医者の秘伝として、親から子へ世襲的に知識を伝承する、といった慣習が世界各地に残っている。

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鷺森ゆう子

エスノ・メディカル・ハーバリスト(民族薬用植物研究家)

さぎもり・ゆうこ 神奈川県生まれ。動物専門学校看護科卒。日本大学英文学科卒。1994年より動物病院で獣医助手として勤務する。同時に海や川の環境保全を行う環境NGOに携わり、海洋環境保全に関するイベントの運営などを行う。また中米のベリーズを訪れ、古代マヤ人の知恵を生かしたナチュラルメディスンに触れ、自然の薬に、より関心を持つようになる。このような体験を会報誌へ執筆する。95年から1年間、東アフリカのケニアにて動物孤児院や、マサイ族の村でツェツェフライコントロールプロジェクトのボランティアに参加する。このときサバンナでは、マサイ族直伝のハーブティーなどを体験する。帰国後は再び環境NGOなどに関わりながら、国内での環境教育レクチャーや、中米グァテマラの動物孤児院にてボランティア活動を行うなど、野生生物と人との共生について探求する。2006年から野生生物の生きる環境や、世界の自然医療の現場を巡る。

藤原幸一

生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表

ふじわら・こういち 秋田県生まれ。日本とオーストラリアの大学・大学院で生物学を学ぶ。現在は、世界中の野生生物の生態や環境問題、さらに各地域の伝統医学に視点をおいて取材を続けている。ガラパゴス自然保護基金(GCFJ)代表。学習院女子大学・特別総合科目「環境問題」講師。日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」監修や「動物惑星」ナビゲーター、「世界一受けたい授業」生物先生。NHK「視点論点」「アーカイブス」、TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」などに出演。著書は「きせきのお花畑」(アリス館)、「森の声がきこえますか」(PHP研究所)、「マダガスカルがこわれる」(第29回厚生労働省児童福祉文化財、ポプラ社)、「ヒートアイランドの虫たち」(第47回夏休みの本、あかね書房)、「ちいさな鳥の地球たび」(第45回夏休みの本)、「ガラパゴスに木を植える」(第26回読書感想画中央コンクール指定図書、岩崎書店)、「オーストラリアの花100」(共著、CCCメディアハウス)、「環境破壊図鑑」(ポプラ社)など多数。