実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

感染症が他の病気と異なる理由

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 「最近海外に行かれませんでしたか?」

 総合診療/プライマリ・ケア(※注)の現場では、発熱やせきといった風邪症状の患者さんに対してほぼ全例、このような質問をします。海外旅行以外にも、「ペットは飼っていますか?」「仕事の内容は?」「地方でご当地料理を食べませんでしたか?」といったものや、ときには、「最近の性交渉は?」といったかなりプライバシーに踏み込んだ問診が必要になることもあります。

 今回から感染症に関するコラムをお届けすることになりました谷口恭(たにぐち・やすし)です。まずは自己紹介を兼ねて、私がどのような疾患を診察しているかをお話ししていきたいと思います。

 私は感染症を専門に診ている医師ではなく「総合診療医」です。この「医療プレミア」に「教養としての診断学」を執筆されている府中病院総合診療センター長の津村圭先生は私の師匠でもあります。

 私は医学部の学生の頃からエイズという病に興味があり、エイズ専門医になることを考えていた時期もありました。そこで、研修医を終えてからタイのエイズ施設にボランティアに行ったのですが、実際の現場でエイズの患者さんに向き合っていたのはエイズ専門医ではなく、欧米から来ていた総合診療医たちでした。患者さんのどのような症状にも対処し、どのような悩みも聞く彼(女)らの診療のやり方に多大なる影響を受けた私は、帰国後、母校である大阪市立大学医学部の総合診療部の門をたたくことになります。そのとき私を受け入れてくれたのが、当時総合診療部の助教授でおられた津村先生だったのです。

 その後多くの医療機関、多くの診療科で修業をさせてもらった後、自分が院長となる診療所を開くことになりました。「どのような方のどのような症状も診察します」という総合診療の基本コンセプトに基づいて診療を行っています。クリニックは大阪市北区という都心部に位置していることから、患者さんは「働く若い世代」が多く、疾患もさまざまです。

 患者さんの訴えは生活習慣病やアレルギー疾患、頭痛や胃炎、不眠など慢性の疾患が多いものの、日々の症例の約3分の1は感染症です。感染症のみで受診される患者さんもいますが、多くは、「日ごろのぜんそくと高血圧は落ち着いているんだけど今日は風邪で……」「頭痛は安定しているんだけど今朝からぼうこう炎っぽい症状があって……」といった人たちで、数日間で治癒の期待できる感染症が大半です。ただし、なかには、結核やHIVといった長期(あるいは生涯)にわたり取り組んでいかなければならない感染症の診断がつくこともあります。

事前の知識で防げる感染症

 日ごろから多くの種類の病気を診ている私が感染症に対して感じることは、「感染症は他の疾患と分けて考えるべきだ」ということです。生活習慣病や多くの悪性腫瘍は日ごろからの生活習慣が大切です。運動、食事、早寝早起き、禁煙、ストレスコントロールなどは、これらの疾患を防ぐことにつながります。ぜんそくやアトピー性皮膚炎といったアレルギー疾患は薬も大切です。しかし、それ以上に重要なのは規則正しい生活や生活環境の見直しです。あまり指摘されませんが、頭痛や下痢といった慢性の症状に対しても「規則正しい生活」だけでかなり改善する例もあります。つまり、多くの疾患の予防や治療には「日々の努力」が大切なのです。

 一方、感染症というのは「それを知っていたらそれだけで防げたのに……」というものが多いのです。単なる風邪や胃腸炎、ぼうこう炎など数日間で後遺症を残すことなく完全に治るものであればいいのですが、なかにはその後の人生を大きく変えてしまう感染症もあります。そのような感染症であれば、「後悔してもしきれません……」と診察室で涙を流す患者さんも少なくありません。

 具体的な感染症とその予防法についてはこれからの連載で追ってお話ししていきます。その前に、ここで患者さんの後悔の念の声を少しだけ紹介しておくと、「屋台であれを食べなければ……」「あのとき悪友にそそのかされなければ……」「あのとき長ズボンをはいていたら……」「あの時点で病院に行っていれば……」「虫よけスプレーを忘れたために……」「ワクチンを打っておけば……」「ロマンスに溺れるのではなく理性的に行動していれば……」といったものもあります。まずは次回2015年5月以降韓国を混乱に陥れている中東呼吸器症候群(MERS)を取り上げたいと思います。

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 ※注:「総合診療医」とは、一言でいえば、健康上のことで困ったことがあればまず相談すべき医師です。患者さんから最も近いところにいる医師とも言えます。「家庭医」や「プライマリ・ケア医」も文脈によるもののだいたい同じ意味です。学会としては、元々「日本総合診療医学会」「日本家庭医療学会」「日本プライマリ・ケア学会」の三つがそれぞれ独立していましたが、2010年に「日本プライマリ・ケア連合学会」という名称で統一されました。この学会名からもわかるように、医師の間では「プライマリ・ケア」という表現が使われることが多いのですが、一般の方には「総合診療医」の方が分かりやすいかもしれません。海外ではgeneral practitionerまたはgeneral physician、略してGPという表現が一般的です。このコラムでは「総合診療」という表現で統一したいと思います。

 総合診療医には、「医療プレミア」で連載中の太田龍一先生のように離島で島民全員の健康をひとりで担っている医師もいますし、在宅医療を中心にして高齢者の多くの疾患に対応している医師もいますし、私のように都心部で働く若い世代を中心に診ている医師もいます。共通しているのは、かかりつけ医となり、患者さんからどのような相談も聞いて、必要があれば病院や専門医に紹介するという方針を持っていることです。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。