実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

MERSから身を守る三つの方法

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 前回述べたように、総合診療の現場ではよく「最近海外に行かれませんでしたか?」と尋ねます。韓国を混乱に陥れた中東呼吸器症候群(MERS)の集団感染では、バーレーンから帰国した1人目の患者が正確な診断がつくまでに何度も医療機関を変えていたことから、診察した医師の責任を指摘するような意見もありました。しかし、このようなことを後から言うのは公平でなく、最初に診察した医師を報道のみで判断すべきではありません。むしろ「自分なら初診でMERSの診断をつける自信がある!」と豪語する医師がいたとすれば、そのような医者は信用できません。

「自分の身は自分で守る」が感染症対策の基本

 「こんな症状のときにはどこの病院に行けばいいの?」−−これは誰もが考えたことのある疑問だと思います。その答えは「どんなときもかかりつけ医に相談する」です。どんなことでも相談できる自分の主治医を持っておくのが大切なのです(※注)。ただ、どれだけ信頼できるかかりつけ医であったとしても、すべての疾患を最初の診察で完璧に診断できるわけではありません。感染症の場合は「自分の身は自分で守る」のが原則です。

 韓国のMERSの集団発生は2次感染、3次感染の発生が指摘されるなど、院内感染を起こした韓国の病院の管理能力を疑問視する声もあるようです。しかし、ひとりの患者の立場からすると、病院の管理能力の改善を待っている余裕はありません。「いまこの時点」での対策を取らなければならないのです。感染症に関して言えば、「そんな話は聞いてなかった」とか「それは行政や病院の責任じゃないのか」といった“正論”に意味などありません。感染してからでは遅い場合もあるのです。繰り返しますが、感染症の原則は「自分の身は自分で守る」です。

 MERSにより 30人以上の死者が出たという発表、さらに台湾と香港が韓国への渡航自粛を勧告したことなどから、韓国旅行を取りやめた日本人も少なくないと聞きます。しかし、絶対に中止しなければならないというわけではありません。実際、「韓国・WHO(世界保健機関)によるMERS合同評価団」は6月13日の発表で「ウイルスがその感染力を増したとの強固な証拠は見られない。学校はMERSの感染拡大と関係なく、授業の再開を真剣に検討すべきである」との見解を述べています。すべての人が渡航を自粛しなければならないわけではないと私は考えています。ただし、高齢者や慢性疾患を有している人の場合は、渡航前にかかりつけ医に相談すべきでしょう。

自信を持ってマスクを着けよう

 MERSから身を守るために最も重要なことは「マスクの着用」です。以前、海外の新聞で「国際空港でマスクをしているのは日本人ばかり」という日本人を皮肉ったコラムを読みました。これは恥ずかしいことではなく、それだけ日本人が感染予防対策をしっかりしていることであり、自信を持っていいと思います。ちなみに私の印象でいえば、日本人以外にマスクを積極的にするのは台湾人です。日本人のマスクのほとんどは白一色で面白みがないのに比べ、台湾人のマスクはカラフルなもの、デザインされたものが多く、見ているだけで楽しくなってきます。

 マスクは人の集まるところでは装着すべきです。そして、韓国の事例から分かるように、最もマスクの重要になる場所は病院です。これは韓国に限ったことではありません。どこの国でも(日本も含めて)医療機関を受診するときは、どのような理由で受診する場合もマスクを持参すべきです。予期せぬ事故や病気が海外で起こる可能性はあります。私は、自分が海外に渡航するときは、マスクを常に携帯しています。ちなみに、海外渡航用のバッグに入っている感染症予防グッズは他にもいくつかあるのですが、これについては追って話していきます。

 おそらく、患者としてだけでなく見舞いに病院に行った元気な人も含めて、全員がはじめから病院内でのマスク装着を徹底していれば、韓国のMERSもここまで広がらなかったに違いありません。

 韓国での1人目の感染者は、バーレーンから帰国したという報道がされているだけで、現地での行動についての情報はありません。おそらくマスクをしないまませきをしている人に近づいたか、ラクダに近づいたか、あるいはラクダの肉やミルクを口にしたかのいずれかだと思われます。

最新の情報は防御の「盾」

 「マスク」と「ラクダ」、この二つのキーワードだけでMERSのリスクを大幅に減らすことが可能です。そして、キーワードはもうひとつあります。それは「情報」です。

 先に述べたように、韓国・WHOによるMERS合同評価団は、「現時点でウイルスが感染力を強めたという証拠はない」としています。とはいえ、新しい病原体の場合、遺伝子の変異により感染力が強まる可能性があります。韓国の行政もWHOもこの点には細心の注意を払っており、もしも感染力が強くなった可能性があれば直ちに公表するはずです。

 では、最新の情報をどのように入手すればいいのでしょうか。かかりつけ医に尋ねるのでは遅いかもしれません。感染症は、自分の身は自分で守るのが原則です。こういう新しい感染症の場合には、「外務省海外安全ホームページ」(MOFA)および「厚生労働省検疫所」(FORTH)のウェブサイトが頼りになります。ちなみに、私が海外に渡航するときは、渡航前から帰国まで毎日この二つのウェブサイトをiPadで閲覧しています。

 さて、今回の一連の報道で気になるのは、韓国の感染症に対する危機管理の低さが強調されすぎているという点です。なかには、「日本だったら、このようなことは起こらなかった」とする意見もあるようです。では、感染症に関しては日本の方が優れているのかと言えば、そういうわけではありません。もちろん日本の方が進んでいる分野もありますが、逆もあるのです。次回はそのあたりをお話ししていきたいと思います。

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※注:交通事故や突然の意識混濁、突然の眼痛といった救急対応が必要な場合はその限りではなく、救急車要請を検討すべきです。ただし、救急病院を受診したときに、日ごろはかかりつけ医にかかっていることを話し、必要があれば連絡してもらうことを検討すべきです。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。