実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

感染症対策の日韓比較〜日本が進んでいること〜

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 日本と韓国はいろんな観点からよく比較されますが、両国での医療のレベルはそう変わらないというのが私の意見です。どうしても日本で治療を受けたいから海を越えてやってくる韓国人はそういませんし、治療を受けるために韓国に渡航する日本人もそう多くはありません。美容外科や自家植毛の手術を韓国で受けるという日本人が増えているようですが、これは医療のレベルというよりも費用が安いからでしょう。

 基礎医学の領域では日本の方が上だ、と言う人もいます。2005年にヒト胚性幹細胞捏造(ねつぞう)事件(注1)が発覚し、その後京都大学の山中伸弥先生(注2)がiPS細胞の作製に成功しノーベル賞を受賞されたときは、やっぱり日本の方が圧倒的に優位という声が多数上がりました。しかし、その後のSTAP細胞の事件で日本の信用も……、という感じです。

 感染症の領域でいえば、日本の方が進んでいるものと韓国の方が先を行くものがあります。例を挙げてみていきましょう。

世界でもまれな狂犬病制圧国

 日本が対策面で明らかに先を行っているといえる感染症に狂犬病があげられます。日本のように狂犬病を完全に制圧した国というのは世界的に珍しく、人口がわずかな島国などを除けば、狂犬病のない国は日本とイギリスくらいだと言われています。

 しかし、日本にもともと狂犬病がなかったのではなく、過去には多数の犠牲者を出した深刻な感染症でした。1925年にはなんと年間2000件以上もの発症例の報告があったそうです。狂犬病は発症すれば100%死亡しますから、これはつまり狂犬病で死亡した人が年間2000人以上いたことを意味します。しかしその後は次第に減少し、1950年に狂犬病予防法が施行され、飼い犬の登録と(飼い犬への)ワクチン接種が義務化され、さらに野犬の駆除が徹底されたおかげで、1956年以降国内感染の報告は一例もありません(ただし日本人が海外で感染した例はあります)。

 一方、韓国では84年にいったん制圧したとされましたが、その後北朝鮮との国境付近での報告があり、現在も制圧できておらず、98年から2003年までの間に7人が死亡しています(注3)。犬を食す文化のある韓国にとって狂犬病は身近で恐ろしい感染症なのです。もっとも、狂犬病に関していえば、韓国が遅れているわけではなく、他の先進国のほとんどが制圧に至っていません。

 マスコミや世論は行政の批判をすることはあっても称賛することはあまりありませんが、狂犬病を見事制圧したという日本の行政の実績は高い評価をされるべきと私は考えています。日本は諸外国と比べて対策が遅れている感染症は少なくありませんが、狂犬病制圧のように世界に誇れる実績もあるのです。

飲むことが出来る上水道には、がん減少効果も

 上下水道の普及も、日本が成し遂げた素晴らしい成果です。

 戦後、日本は上下水道を全国に普及させることに成功しました。しかも、上水道は飲むことのできる水を供給しています。水道水が飲める、というのは消化器感染を大幅に減少させることを意味します。

 胃がんの原因となるヘリコバクター・ピロリ菌も消化器感染症のひとつです。上水道が普及するまでは井戸水が使われていました。日本人にピロリ菌保有者が多いのは、井戸水にこの菌が含まれていたからではないかと言われています。現在胃がんは減少傾向にあります。飲用可能な上水道のおかげでがんを減らすことにも成功しているわけです。

 私は海外に行く度に、全国どこにいっても水道水が飲める日本という国はなんてすてきなんだろう、と感じます。先に狂犬病を完全に制圧した国はほとんどないと述べましたが、水道水を全国どこでも飲める国というのもあまりありません。イギリスでさえ、ロンドンでは飲めますが、全土どこに行っても飲めるわけではありません。

 下水道については普及率が今も8割に届いておらず、先進国のなかでは低い方です。しかし全国どこにいっても使った紙を便器に流せるということには誇りを持っていいと思います。それに、日本ほどトイレのきれいな国は世界広しといえども見当たりません。

 韓流ブーム以降、韓国に渡航する人が増え、なかには韓国が初めての海外旅行という人も多かったようです。そんな人が驚くのが「お尻を拭いた紙を便器に流せない」ことと聞きます。

 韓国では空港や一流ホテルを除けば、トイレ(便器)に紙を流すことはできず、便器の横に置いてある箱に紙を捨てなければなりません(注4)。その箱には前の人の“使用済み”の紙が捨ててありますから、こういう習慣に慣れていない日本人は面食らうのです。どうしても箱に紙を捨てることができず、あるいはその習慣を知らなくて、便器に紙を流してしまいトイレを詰まらせた日本人が後を絶たないという話もあります。

 ただ、この点も韓国が遅れているというわけではなく、全国どこでも紙を便器に流せる国というのは多くはありません。アジアでは日本だけですし、ヨーロッパでも田舎の方に行けば韓国と同様、便器の横に置いてある「箱」に紙を捨てなければなりません。

 このように、狂犬病完全制圧、飲める上水道、トイレの清潔度などでは日本の方が進んでいるといえますが、一方で韓国が対策の面で先行している感染症もあります。次回はその点をお話しいたします。

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注1:韓国の生物学者である黄禹錫(ファン・ウソク)氏は、04、05年に科学誌「Nature」にヒトの胚性幹細胞(ES細胞)の作製を成功させたという論文を発表しました。しかし同年末にそれらが捏造であったことが発覚しました。これで韓国のこの分野の信用は地に落ちました。しかしその後日本でもSTAP細胞事件が起こります。

注2:山中伸弥先生はiPS細胞の開発に成功し12年のノーベル医学生理学賞を受賞されました。山中先生は、私の母校の大阪市立大学で講師をされていた時代もあり、私が医学部3回生のときには直接講義をしていただきました。

注3:韓国の狂犬病については国立感染症研究所感染症情報センターのページが参考になります。http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/325/dj3254.html

注4:空港のトイレで紙を流していいかどうかは意見が分かれるようです。金浦空港はNGで仁川空港はOKという話もあります。私自身は日本以外のアジアの空港では仁川空港も含めて紙は便器に流さずに箱に捨てています。「紙を捨てる箱があれば便器に流すべきではない」が私の個人的見解です。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト