実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

感染症対策の日韓比較〜韓国が進んでいること〜

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 2015年3月27日、WHO(世界保健機関)は日本を「麻疹(はしか)を排除した国」と認定しました。同時に排除が認定されたアジアの国はブルネイとカンボジアです。では、韓国はどうなのかというと、実は06年にすでに排除認定されています。しかも皮肉なことに、その翌年つまり07年には日本で麻疹の大流行が起こりました。麻疹対策については韓国の方が9年進んでいたということになります。

 韓国が日本より先を行っていたことは理解できたとしても、日本がブルネイやカンボジアと同時と言われて腑(ふ)に落ちないという人もいるのではないでしょうか。石油でリッチなブルネイはともかく、カンボジアと日本で感染症対策のレベルが同じと聞くと、本当?と疑いたくなる気持ちは分かります。

世界から「麻疹輸出国」と言われた日本

 日本とカンボジアの医療レベルが総合評価で同じというわけではありません。「麻疹に関していえば」カンボジアと同じという意味です。麻疹については、回を改めて述べたいと思いますが、数年前まで「日本は麻疹の輸出国」と世界中から嘲笑されていたのです。07年には修学旅行でカナダに渡航していた日本の高校生が麻疹を発症し、カナダ当局により学生と教師が隔離されるという出来事がありましたし、米国では日本から少年野球の遠征に来ている男子生徒が麻疹の感染源になっていることをCDC(疾病予防管理センター)が公表し問題になったこともありました。

 風疹はどうでしょうか。15年4月、汎米保健機関(PAHO)(注1)は南北アメリカ大陸で風疹ウイルスを排除したと宣言しました。WHOが世界を6地域(アフリカ、アメリカ、東地中海、ヨーロッパ、東南アジア、西太平洋)に分けて管轄している中で、風疹ウイルス排除に成功した最初の地域ということになります。

 日韓に目を移すと、韓国も完全に風疹を排除したわけではありませんが、日本の方が遅れているのはまず間違いありません。13年6月には、米CDCが「日本(及びポーランド)では風疹が流行しており、妊婦や妊娠の可能性のある女性は日本へ渡航する場合は事前に医師への相談が必要」という事実上の渡航制限をおこなっています(注2)。

国を挙げての対策が奏功した韓国のB型肝炎

 以前は韓国の方が深刻だったけれどそれが逆転している感染症としては、B型肝炎があります。

 私は医学部に入学する前に在阪のある専門商社で会社員をしていました。商社ですから海外出張や駐在の経験のある社内外の人たちとも話す機会がよくあったのですが、当時(1990年代前半)、韓国の話になるとしばしば出てくる言葉がありました。それは、韓国に出張に行くことを周囲に伝えるときには必ず「仕事で」韓国に行くと言わなければならない、というものです。

 韓流ブームの影響もあり、今でこそ韓国は「気軽に行けるお隣の国」という存在になっていますが、90年代前半くらいまでは、日本人の男性が韓国に行くと言えば、それは「キーセン・ツアー」と誤解されることがあったのです。「キーセン」というのは一言でいえば「セックスワーカー」のことです。その頃までの日本では、「日本人男性が韓国に行く」といえば「買春ツアー」と思われることが少なくなかったのです。だから商社マンたちは、わざわざ「仕事で」と付け加えなければならなかったというわけです。

 倫理的・社会的な問題はさておき、医学的な観点からみたときの「買春」の問題は性感染症です。なかでも特に問題なのはB型肝炎です。(現在も国内外のセックスワーカーからB型肝炎ウイルスに感染する日本人はいますが、最近はHIV=ヒト免疫不全ウイルス=がより深刻になってきています。HIV/AIDS=エイズ、後天性免疫不全症候群=についてはいずれ改めて取り上げたいと思います)

 韓国での買春でB型肝炎ウイルスに感染し、帰国後急性B型肝炎を発症し入院という事例は、正確な統計はないものの80年代から90年代前半頃まではそれなりに多かったようです。なかには商社や貿易会社の社員が感染、発症した例もあり、海外出張の多い社員にワクチン接種を徹底させる企業が増えたという話も聞いたことがあります。

 B型肝炎は性感染もありますが、母子感染も多く、韓国では地域にもよりますが、かつては住民の1割以上がB型肝炎ウイルスのキャリアーというところもあったそうです。ワクチンが広く普及しだしたのは90年代前半で、韓国では国をあげて母子感染対策を開始し、出生児全員にワクチンを接種し始めました。その効果で今では感染者が大きく減少しています。現在では若い世代でB型肝炎ウイルスを持っている韓国人はかなり少ないと思われます。

 ちなみに、韓国と同様、あるいは韓国以上にB型肝炎ウイルスのキャリアーが多く深刻だったのは台湾です。しかし、台湾では世界に先駆けて積極的なワクチン接種政策を実施し、今では若い世代のキャリアーは韓国と同様極めて少なくなっています。

WHOは全国民へのB型肝炎ワクチン接種を勧告

 B型肝炎ウイルスはワクチンを接種し抗体ができればほぼ確実に防げますから、現在ほとんどの国では生まれてきた赤ちゃん全員にワクチン接種をしています。WHOは世界中のすべての国民がB型肝炎ウイルスのワクチンを接種すべきだと勧告しています。しかし、日本はこの点で大きく遅れており、いまだに定期接種に指定されていません(注3)。

 日本でも母子感染対策だけは早くからおこなわれました。厚生省(当時)は1985年6月から「B型肝炎母子感染防止事業」を開始し、これによりB型肝炎ウイルスの母子感染はほぼ完全に防ぐことに成功しました。しかし、成人対策、つまり成人へのワクチン接種の啓発は明らかに不十分でした。その結果、成人から成人への感染や成人から小児への感染は減らず、小児から小児へ感染する例もなくすことができなかったのです。

 次回はこのB型肝炎ウイルスを取り上げたいと思います。

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注1:正式名称はPan American Health Organization。WHO(世界保健機関)のアメリカ地域事務局のことです。

注2:CDCの勧告については「New York Times」が「Rubella Epidemics in Japan and Poland」というタイトルで報道しています。以下のURLを参照ください。http://www.nytimes.com/2013/06/25/health/rubella-epidemics-in-japan-and-poland.html

注3:日本もようやく来年度(16年度)からB型肝炎ウイルスのワクチンを定期接種に入れることになりそうです。ただし対象者は新生児のみになると予想されます。すでに生まれている人は国がお金を出してくれるわけではないということです。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。