実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

誤解だらけのB型肝炎ウイルス(1)

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 B型肝炎ウイルス(以下HBV)の最大の特徴は「死滅しにくく感染力が極めて強い」ということです。どれくらい死滅しにくいかというと、まずアルコールでは死にません。ですから医療器具の消毒はアルコールでは不十分で、特別な「滅菌」をしなくてはなりません。

強力な感染力とタフさを併せもつ

 通常、人に感染するウイルスは体内から放出されると短期間で自然に死滅します。しかしHBVの生命力は桁違いに強く、体外に放出された後も10日程度は生息し続けるという報告があります。つまり、HBV陽性の人が唾を吐いたとして、その唾が乾いた後も10日間もウイルス自体は生きているということになります。

 これだけ感染力が強いわけですから実際にささいなことで感染します。これまで私が診てきた症例を挙げてみると、道端で転倒した高齢者に手を貸して擦り傷に触れて感染した例、友達の家に泊まりに行ったときに誤って友達の歯ブラシを使ってしまい感染した例、友達を看病していて(その友達が急性B型肝炎だったことが後に分かりました)感染した例などがあります。

 また母子感染対策がとられてからは分娩時に母親から子供へ感染する例は激減しましたが、父子感染は減っていないと言われています。ウイルスの遺伝子解析をおこなうことによって感染経路がある程度特定できるので、これを調べた研究があります。その研究によると、父子感染は従来考えられていたより多く、HBV感染全体の1割程度は父子感染ではないかとみる専門家もいます。なぜ父子感染がおこるのか。もちろん性的虐待があるという意味ではなく、傷の手当てとか食べ物の口移しなどといったスキンシップで感染しているのでしょう。

最大規模の感染事例は

 日本史上最大のHBV感染事故と呼べるのが2002年に生じた「佐賀県保育所集団感染」(注)です。

 これは合計25人もの保育所職員及び保育園児が集団感染した事件で、HBVの感染力の強さを如実に示しました。佐賀県のウェブサイトによりますと、感染源はひとりの職員だったようです。同サイトには「元職員がもともとの感染源であると推定されたが、元職員がすべての感染者の感染源になっているとは言えず、個々の感染源を特定するには至らなかった」との記載があります。

玩具の共有でHBVに感染する可能性もある
玩具の共有でHBVに感染する可能性もある

 これは、まずひとりの職員から保育園児にウイルスが感染し、その後その園児から別の園児に広がっていったということを意味しています。報告書の「感染拡大防止策の実施」の欄には、「タオルやスプーンの共用中止及び玩具の適切な管理等の指導を行った」とあります。これはすなわち、食器や玩具の共有で感染しうることを示しています。

ワクチン接種が最大の対策。だがその前に……

 そして、「感染拡大防止策の実施」のひとつに「ワクチン接種を指導した」とあります。素直にこの報告書を読めば「それならばはじめからワクチン接種をしていればこんなことにならなかったんじゃないの?」と言いたくならないでしょうか。

 実際そのとおりで、HBVに対する最善の対策は全員がワクチンを接種することです。WHO(世界保健機関)は昔から「世界の国民全員がワクチン接種をすべきだ」と発表していますし、実際に国連加盟国192カ国中171カ国が生まれてくる子供全員にワクチン接種をしています(08年現在)。

 では、「全員がワクチンをうてば解決するのですね。早速私もかかりつけ医にお願いしに行きますね」、と考えた方がいるとすると、それは正しい考え方ではあります。

 しかし、これまで多くのHBV感染者、そのなかには、感染していることに気づいておらず入院時の検査で初めて気づいた人、母子感染があり現在症状はないもののウイルスが血中から検出される人、ささいな他人との接触で感染し劇症肝炎を起こし九死に一生を得た人、劇症化はしなかったものの慢性化してしまいそれが原因でパートナーと別れてしまった人、などいろんなケースをこれまで診てきた私の意見を述べるとすれば、ワクチン接種の前に考えるべき大切なことがあります。

 これから6週間にわたりHBVについて述べていきます。「ワクチン接種よりも大切なこと」は追ってお話ししたいと思います。

   ×   ×   ×

注:佐賀県のウェブサイトに詳しい報告があります。http://www.kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。