実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

誤解だらけのB型肝炎ウイルス(3)

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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実際の症例から

 今回は太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で診療したB型肝炎の症例について紹介したいと思います(ただし、本人が特定できないように似たような症例を組み合わせてまとめています。もしも似たような人を身近に知っていたとしてもそれは単なる偶然だと考えてください)。

【症例1】40代男性 販売職

 献血をおこなった数週間後に「B型肝炎の可能性がある」という通知が届いたとのことで会社の近くにある谷口医院を受診。採血をおこなうとHBs抗原がわずかに陽性。精密検査から急性B型肝炎確定。

 この症例が興味深いのは感染した直後に献血に行っている、ということです。日赤の検査結果をみるとHBs抗原が陰性で、HBV-DNAが陽性。これは感染して間もないことを示しています。

 このような患者さんを診察したときには治療だけではなく感染経路を特定し他に検査すべき人がいないかを確認しなければなりません。1年前に奥さんが出産されており、その際の妊婦健診で奥さんは感染していないことが分かっています。

一度きりの性的接触で……

 他人の体液に触れることがなかったかどうかを問診すると、最初は口を濁していたものの、奥さん以外の女性と性的接触があったことを告白してくれました。しかし、どうも納得されていないようで、しきりに「それほど濃密な接触があったわけではない」という言葉を繰り返します。よく聞くと、オーラルセックスだけだから感染はないと思う、という意味でした。しかしこれは完全な誤りで、HBVはわずかな接触でも感染することがあります。

 ここから先は詳しく答えてくれなかったのですが、その女性とはもう連絡がとれない「一度だけの関係」であったことだけははっきりしました。そして、その女性と接触してから奥さんとも性交渉があったことが分かりました。となると、奥さんへ感染させた可能性を考えなければなりません。しかし、「そんなことを妻に言えるわけがない……」というばかりで話は平行線です。

 その1カ月後、倦怠(けんたい)感が増悪して再診されました。HBVは急性肝炎を発症しても比較的軽症で済むことも多いのですが、この男性の場合、劇症化までは進んでいませんが、入院を考慮すべき状態になっていました。私は男性の自宅近くの病院に入院を前提で紹介することにしました。

 もう1例、紹介します。

【症例2】30代女性 介護職員

 微熱と倦怠感を訴えて谷口医院受診。肝機能が悪化していることから精査をおこない急性B型肝炎確定。軽症のため入院せず自宅安静で3カ月後には症状ほぼ消失。HBs抗体も形成され「治癒」。

 さて、この女性の感染源を調べなければなりません。この女性は介護施設で働いています。まず考えるべきは施設入居者からの施設内感染です。介護時には、入居者の唾液、汗、尿、便など体液に触れることがあります。そこからの感染をまず考えましたが、もう1点聞くべき事があります。性交渉の有無です。

介護施設働く女性の感染源は

 この女性は半年前に交際が始まったパートナーがいることが分かりました。そこで、そのパートナーも谷口医院に連れてきてもらい検査をするとHBVに感染していることが分かりました。この時点では男性から女性に感染させたのかその逆かは分かりません。結論を言えば、その後の検査でこの男性は母親から家庭内感染(あるいは母子感染)をしていることが分かりました。そして男性から介護職の女性に性交渉で感染したのです。

 今回紹介した二つの症例にはいくつかの示唆に富む重要事項があります。このコラムの第1回で私は、感染症は「わずかな知識で身を守ることができる」と述べ、MERS(中東呼吸器症候群)を解説した回(第2回)には感染症は「自分の身は自分で守るが原則」と指摘しました。ここでは、感染症は「単に医学のみならず社会の課題である」と主張したいと思います。

 その具体的な内容は次回お話ししましょう。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。