実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

誤解だらけのB型肝炎ウイルス(4)

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 前回は実際に太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で診察したB型肝炎の二つの症例を紹介し、感染症は「単に医学のみならず社会の課題である」と述べました。具体的に説明していきます。

献血に行ったのが数日早かったら……

 症例1では献血でB型肝炎ウイルス(以下HBV)が発見されました。献血の際は感染症に罹患(りかん)していないかいくつもの方法で検査をします。この症例では、「HBs抗原」という感染してしばらくの期間がたってから上昇する項目は陰性でしたが、「HBV-DNA」が陽性でした。これは感染して間もない時期に検査をしたことを示しています。しかしHBV-DNAが陽性になるのにも感染してからある程度日数が必要です。

 ということは、もしもこの男性が献血をおこなうのが数日間早かったならば、検査で感染を見つけられなかった可能性があるのです。そうすると輸血を受けた人が感染することになります。もっとも、これはHBVだけの問題ではなく、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)やHCV(C型肝炎ウイルス)でも同様です。つまり、危険(かもしれない)性的接触があれば献血をしないというルールを全員に順守してもらう必要があるのです。

 症例1の男性に対し、私は奥さんにも検査を受けてもらう必要があることを繰り返し説明しました。しかし「そんなことをすれば『浮気』がバレて離婚させられる……」という理由で渋っていました。この男性とは連絡がつかなくなり、その後の経過は分かりません。浮気が許されたのか、離婚にいたったのか、結末は分かりませんが、このように「ほんの一時の気の迷い」がその後の人生を大きく変えてしまうこともあるのが感染症なのです。

 つまり、感染症というのは単に身体がむしばまれるだけではなく、家庭を失ったり、あるいは社会的信用をなくしたり、場合によっては仕事を失ったりと医学の範囲にとどまらない問題をもたらすことがあるのです。

介護施設で集団感染が起きていたら……

 次に症例2をみてみましょう。この女性は新しいパートナーから性的接触でHBVに感染しています。この症例が結果としてよかったのは職場の介護施設で入居者に感染させなかったことです。第5回で述べたように、保育所で合計25人がHBVに集団感染した事故はひとりの職員が発端だったと考えられています。

 この女性から施設内に感染が広がるようなことは何としても避けなければならなかったのですが、結果的にはそれはありませんでした。もっとも、谷口医院で感染が判明してからウイルス量が検出されなくなるまでは仕事は休んでもらいました。

 HBVは感染しても無症状のことも多く、発症しても症状が軽度のために医療機関を受診しないこともあります。そしてそのうちに抗体が形成されて他人に感染させなくなることが多いのですが、もしも抗体が形成される前に他人と濃厚な接触をしたとすればどうなるでしょう。うつした方もうつされた方もまさかそのときの接触で感染したとはつゆほどにも思いません。そして介護という行為にはそれなりに「濃厚な接触」が伴います。

ワクチン接種をすべきだが……

 このようなことを防ぐにはどうすればいいでしょうか。最もいい方法は「介護施設で働くことが決まったら直ちにワクチン接種をおこなう」ことです。実際、医学部、看護学校、歯科衛生士の学校などでは入学が決まるとすぐにHBVのワクチン接種をおこないます。ワクチンがなかった頃は院内感染で命を失った医療者が少なくないのです。

 残念ながら現状では勤務開始前にHBVのワクチン接種をしていない介護士がいます。それも少なくないと思われます。私は、これは極めて危険なことだと考えています。HBVはHCVやHIVとは異なり、血液からの感染を防げばいいというわけではありません。ウイルス量が多ければ、唾液、汗、涙、便、尿などからもウイルスが検出されるのです。介護施設には認知症の人も入居しています。腕を咬まれてHBVに感染、という事態なども十分に考えられることです。

 症例2の女性に対して、私はパートナーとの性交渉ではなく職場での院内感染を真っ先に考えました。そしてそのことをこの女性に伝え、職場に相談するように言いました。すると、職場から返ってきた回答は、にわかには信じがたい驚くべきものでした。次回はそれについて述べ、さらにHBVに伴う社会的な問題についてさらに掘り下げたいと思います。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。