孤島の小さな診療所から

離島で最期を迎えるということ

太田龍一・沖縄県立南部医療センター付属南大東診療所長
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南大東島の青空に浮かぶ「おり」、その中には人が……。連載第1回で、クレーンにつり下げられて海に下ろされる漁船の写真を紹介しましたが、定期便で島についた観光客も、同じようにして陸に上陸します=筆者提供
南大東島の青空に浮かぶ「おり」、その中には人が……。連載第1回で、クレーンにつり下げられて海に下ろされる漁船の写真を紹介しましたが、定期便で島についた観光客も、同じようにして陸に上陸します=筆者提供

 先日、島で一人のご高齢の女性が天寿を全うされ、自宅で最期を迎えられました。素晴らしい最期でした。私が赴任した当初からたくさんの持病があったのですが、元気に通院され、私自身強い思い入れのある患者さんでした。90歳をゆうに超えているにもかかわらず、背筋がシャキッとして毎回外来でたくさんの笑顔をいただきました。たくさんの家族に支えられながら、自分の家でゆっくりと生活され、最後は、娘さんに髪を洗ってもらいながら、眠るように亡くなりました。私にとって一生忘れられない経験になりました。

 離島でのみとりは、そう簡単にできるものではありません。そのことを私は離島に赴任して初めて知りました。今回の女性の場合も、最初から最後まで順調に進んだわけではありません。患者さんが元気なうちは患者さんの希望をかなえたいと思い、患者さんご本人はもちろん、家族の方も自宅での最期を希望されます。しかし、徐々に「家でみとる」ことが現実化してくると、たくさんの心配や不都合が生じてきます。その中で多くの患者さんや家族の方は悩み、沖縄本島へ一時的に移動するという選択肢を取る方も少なくありません。今回の方も何度も沖縄本島への移動を検討されましたが、家族の方の強い思いが最終的に在宅でのみとりにつながったのだと感じております。

 ではどうして離島でみとることが難しいのか。理由の一つは、離島での介護力不足があります。同じ離島でも島によって状況はさまざまですが、南大東島には入居ができる介護施設がありません。在宅で患者さんを診ていくためには、ご家族のたくさんの助けが必要ですが、そうなると大きな負担になり、長くは続きません。入居型の施設があれば、一時的にでもご家族の負担軽減につながる可能性がありますが、現在は厳しい状況です。

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太田龍一

沖縄県立南部医療センター付属南大東診療所長

おおた・りゅういち 大阪府出身。2004年大阪市立大学医学部入学。同大学卒業後、10年から沖縄県立中部病院プライマリケアコースで研修。13年から現職。人口約1400人の南大東島で唯一の医師として、島民の日常的な健康管理から救急医療までを一手に担う。趣味は読書とランニング。毎年秋に開かれる島の運動会、駅伝大会への参加を目指し、鋭意トレーニング中。