実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

アフリカ生まれの新しい感染症、チクングニアにご用心

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【5】

「世界一恐ろしい生物=蚊」が恐ろしいのは、ヘビやサメなどのようにその生物そのものが恐ろしいのではなく、死に至る病をきたす微生物を媒介するからです。そしてその恐ろしい微生物の最たるものがマラリアです。デング熱は重症化することもありますが、その頻度は低く、きちんと治療をすれば死に至ることはほとんどありません。

 今回お話する「チクングニア熱」も死に至ることはほとんどないものの、感染するとやっかいなこともあります。チクングニア熱はここ数年で注目されるようになった感染症で、マスコミの記事をみていると「デング熱と同じようなもの」と書かれているものが多いのですが、そう簡単に言い切れるものではありません。

チクングニア熱の爆発的感染力

チクングニア熱の最も興味深い点は「流行の勢い」です。まず、この「勢い」がどれくらいすさまじいかをみてみましょう。

カリブ海沿岸でチクングニア熱が最初に報告されたのは2013年12月です。そして、その後瞬く間に感染者の報告が増加し、14年にはカリブ海沿岸で50万人以上が感染したとも言われています。今年(15年)も流行はとどまるところを知らず、カリブ海で現在最も注意しなければならない感染症のひとつがチクングニア熱です。

カリブ海の美しい夕日。しかし、この海の沿岸国ではやっかいな感染症が広がっている。
カリブ海の美しい夕日。しかし、この海の沿岸国ではやっかいな感染症が広がっている。

 チクングニア熱は、程度は分からないものの、デング熱と同様、不顕性感染(感染しても無症状のこと)も多く、また医療機関を受診するほどでもない軽症例も多いことから考えて、感染者数の実態は報告されている人数の何倍にもなるはずです。

日本にやってくる可能性も十分

 カリブ海沿岸だけでとどまっていれば我々日本人はさほど注意を払わなくていいかもしれません。しかし、これから日本で流行する可能性も十分にあると私はみています。そして、場合によっては14年に東京都で流行したデング熱をもしのぐ勢いで蔓延(まんえん)するのではないかと考えています。

 チクングニア熱は1952年のタンザニアで、「デング熱様疾患」として初めて確認されました。翌年にはウイルスが分離されています。「チクングニア」というのはタンザニアの言葉で「折り曲げる」という意味だそうです。チクングニア熱を発症すると全身の関節痛が強くなり、そのため体を折り曲げるように歩くことからこの名前が付けられたと言われています。

 20世紀の間は、アフリカ大陸で何度か小流行を繰り返す程度でしたが、2000年代後半から世界中に広がりはじめ、先述したように、カリブ海では2年たらずの間に数十万人もの被害者が出ています。

 アフリカだけではありません。ネッタイシマカが大量に生息するアジアでも爆発的に流行しています。タイでは09年ごろから突然流行しだし現在も収束していません。そのうちに東南アジア全域で流行し、デング熱と同じように香港、台湾あたりまでやってくるのも時間の問題でしょう。

 チクングニア熱がデング熱と似ているとされているのは、媒介する蚊がデング熱と同じネッタイシマカとヒトスジシマカであること、感染しても重症化することが少ないこと(少なくともマラリアとは比較になりません)、特効薬もワクチンもないこと、などです。

慢性化、重症化のリスクにも注意を

 しかし異なる点も見逃せません。異なる最大の点は「慢性化」です。頻度は多くないもののチクングニア熱には慢性化があります。数カ月間に及ぶ関節痛は生活を制限することになります。ひどい場合はそれが数年間続くこともあります。

 また、これも頻度は多くないものの「重症化」することがあるのも見逃せません。デング熱の場合は、デング出血熱と呼ばれる特殊な状態になれば死亡例もありますが、それでも早期に入院し点滴処置などをおこなえばほとんどは助かります。そしてデング出血熱は、デング熱ウイルスの四つの型のうち、2回目の感染時に1回目とは異なる型のものに感染したときになると言われています。

 一方、チクングニア熱は、1回目の感染でも(頻度は多くありませんが)呼吸不全、心不全、髄膜脳炎、劇症肝炎、腎不全などが起こることがあり、さらに死亡例の報告もあります。ということは、決して侮ってはいけない感染症であり、チクングニア熱ウイルスに注意するということは、ネッタイシマカ及び(日本にも生息する)ヒトスジシマカの対策をおこなうということに他なりません。

 次回は、「世界一恐ろしい生物=蚊」にどのように挑むべきかについてお話ししていきます。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。