実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

蚊対策 四つの「決め手」【前編】

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【6】

 このコラムのタイトルには「実践!」という文字が入っているのにもかかわらず、これまで「世界一恐ろしい生物=蚊」の対策についてほとんど何も述べていません。そこで今回と次回の2週間で、どのように対処していけばいいかをお伝えしていきたいと思います。

 しかしその前に、蚊が媒介し人間を死に至らしめる微生物についてまとめておきたいと思います。これまで紹介してきた感染症は、マラリア、デング熱、チクングニア熱の三つです。他に蚊が原因の「死に至る病」として、黄熱、日本脳炎、ウエストナイル熱、フィラリア、リフトバレー熱、ジカウイルス感染症などがあります(注1)。

蚊に刺されないことが最大の感染対策

 では、蚊に対して我々はどのような防衛策をとればいいのでしょうか。まず、ワクチンがあるものは接種すべき、ということになります。しかし、これら微生物のなかでワクチンが存在するのは黄熱と日本脳炎だけです。それら以外の病原体に対しては「蚊に刺されない」が最大の対策ということになります。

デング熱感染が問題となった2014年夏、東京・代々木公園の閉鎖されていない区画で実施されたイベントでは、蚊取り線香がさかんに焚かれていた=東京都渋谷区で2014年9月6日午前10時9分、山本晋撮影
デング熱感染が問題となった2014年夏、東京・代々木公園の閉鎖されていない区画で実施されたイベントでは、蚊取り線香がさかんに焚かれていた=東京都渋谷区で2014年9月6日午前10時9分、山本晋撮影

 しかし、日本に住んでいる限りは「絶対に蚊に刺されてはいけない」というわけではありません(ただし2014年夏は、デング熱が発生したため、この原則は当てはまりません。日本でも「絶対に蚊に刺されない」よう対策を取るべきシーズンだったと言えます)。日本では蚊に刺されてもほとんどのケースでは少しかゆみが生じる程度であり放っておけば治ります。かゆみが強くなったとしても外用薬で治せばいいだけの話であり死に至ることはありません(注2)。

 問題になるのは海外です。太融寺町谷口医院では「旅行医学」をおこなっている関係もあり、海外渡航時の相談をよく受けます。最近は、高齢者の方で、なおかつ高血圧や糖尿病といった持病のある方からもしばしば海外旅行に行きたいという話を聞きます。そんなとき日ごろの持病のコントロールに加え、感染症の話をすることになります。私の印象でいえば、ワクチンや胃腸薬については詳しいのに、蚊対策についてきちんと考えていない人が少なくありません。

海外での蚊対策(1) 近づかない!

 具体的な蚊対策について四つの「決め手」を紹介したいと思います。まず一つめは「蚊のいるところに近づかない」です。高原やジャングルのみならず海岸にも蚊はいます。もちろん旅行に行ってずっと部屋にこもっているわけにはいきませんが、不必要に蚊がいるところには行かないようにすべきです。

 自然の多いところに蚊が多いことは理解できるとして、都心部なら大丈夫なのかというとそういうわけでもありません。たとえばバンコクのスクンビット通りや、シンガポールのオーチャード通りにも蚊(ネッタイシマカ)はいます。そしてデング熱やチクングニア熱に感染する人がいます。なぜ自然のない街に蚊がいるのかというと、都心部にも水たまりや放置されたタイヤ、ドラム缶などがあるからです。特に工事現場付近では要注意です。バンコクなどでは途中まで建築されそのまま放置された建物がけっこうあります。このような場所には蚊が必ずいると考えるべきです。

海外での蚊対策(2) 寄せつけない!

 蚊対策の「決め手」の二つめは「部屋に蚊を寄せつけない」です。渡航先でホテルの部屋にこもっていたとしても、蚊はどこからかやってくることがあります。特にコテージなどではいつの間にか部屋に紛れ込んでいることがありますし、ホテルでも5〜6階くらいまでの部屋であればバルコニーやベランダにやってきます。きれいな夕日をみながらリゾートホテルのベランダでくつろぐというのは最高のぜいたくですが、蚊に刺されて数日後に高熱にうなされるようなことがあればその楽しみも帳消しになります。

夏本番を前に出荷のピークを迎えた蚊取り線香=和歌山県有田市の大日本除虫菊紀州工場で2014年6月16日、山崎一輝撮影
夏本番を前に出荷のピークを迎えた蚊取り線香=和歌山県有田市の大日本除虫菊紀州工場で2014年6月16日、山崎一輝撮影

 そこで蚊を寄せつけない工夫をしなければなりません。部屋での対策としては「蚊取り線香」が有効です。これは現地で購入してもかまいませんが、日本製のものがお薦めです。日本の蚊取り線香の品質はおそらく世界一だからです。もちろん私自身も海外に渡航するときは日本製の蚊取り線香を持参します。

蚊取り線香は海外旅行の必需品

 火を付ける従来のタイプのものでもいいのですが、従来式だと煙が気になることもありますし、最後まで燃えてしまえば効果がなくなります。そこで推薦したいのがリキッドタイプのものです。ただ、欠点として日本製のものだと電圧が合いません。そこで私は電圧変換器を持参しています。「なんでそこまでして……」と思う人もいるでしょうが、電圧変換器は日本から持参する電化製品すべてに使えますから海外渡航時の必須アイテムです(注3)。

 ベランダやバルコニーでは電源が取れませんから、従来型の蚊取り線香を使用します。このコラムの第2回で私の海外渡航用バッグの中の「感染症予防グッズ」のひとつがマスクということを述べました。今回紹介したリキッド式蚊取り器(+充電器)、従来型の蚊取り線香も必須グッズです。

 夜間就寝するときには窓を閉めなければなりませんが、窓を閉めても蚊が入ってくるような施設や、知人や親戚の家に泊まるときは場合によっては蚊帳を持参する必要があります(注4)。

 では、ビーチや山などあえて蚊の生息する場所に移動するときはどのようにすればいいでしょうか。次回はそれらについて残りの二つの「決め手」について述べ、蚊のシリーズの最終回にしたいと思います。

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注1:このうち「黄熱」と「日本脳炎」については大変重要な感染症でありますから、いずれ改めて取り上げたいと考えています。

注2:本題から外れるためにここでは詳しく述べませんが、蚊に刺されたときに皮膚に生じる反応については2種類あります。一つは「即時型」といって刺されるとすぐにその部分が少し盛り上がるタイプのものでさほど赤くなりません。これは放っておいてもそのうち治りますし、薬局で売っている薬も有効です。それに対しもうひとつの反応は「遅延型」といってだいたい2日くらいたってから症状が表れます。このタイプはやや広範囲に赤くなり強いかゆみを伴います。薬局で売っている薬では不十分で、医療機関で処方されるステロイド外用薬が必要になります。また、最近、蚊アレルギーの人が増えてきているような印象があります。蚊アレルギーが重症化すると、遅延型の反応が増悪し、数日から1週間以上もひかないことがあります。ときには日常生活に制限がでるほどになりますから、こういった患者さんに対しては、マラリアやデング熱対策と同様の「絶対に蚊に刺されない対策」について説明することもあります。

注3:もっとも、最近の電化製品の多くは240ボルトまで対応できるアダプターが標準装備であることが増えてきました。私は、以前は電気シェーバーと電動歯ブラシには電圧変換器を用いていましたが、今ではこれらも240ボルトまで対応できるタイプのものを使用しています。スマートフォンやタブレット端末も変換器は不要です。現在私が持参するもので電圧変換器が必要なものは、もはやリキッド式蚊取り器とヘアドライヤーくらいです(しかも、最近は極端な安宿に泊まらなくなり、普通以上のホテルではドライヤーが部屋にある、もしくはフロントで借りられますから、日本からドライヤーを持参することはほとんどなくなりました)。

注4:実は蚊を含めて海外で日本にない感染症に罹患(りかん)するのはこのケースが多いのです。友達や親戚の家に訪問することをVFR(Visiting Friends and Relatives)と呼ぶのですが、このような言葉が存在するということはそれだけ感染症のリスクが高く注意が必要だからです。そして近年VFRは急増しています。外国人と結婚する日本人が男女とも増加しているのがその最大の理由です。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。