実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

蚊対策 四つの「決め手」【後編】

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷

「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【7】

 前回に引き続き、蚊対策の四つの「決め手」のうち3番目、4番目を紹介しましょう。

海外での蚊対策(3) 防護する!

 蚊対策の第3の「決め手」は、「蚊に近づくときは防護する」というものです。アジアでも中南米でも観光で旅行したときに、蚊が怖いから部屋にこもっている、という人はおらず、当然海や山に行くことになります。そのときの対策が必要となります。

 私の印象で言えば、山に行くときは十分な対策ができていてもビーチで無防備になり蚊の犠牲になる人が多いようです。患者さんでもプライベートの知人でもデング熱にかかったことがあるという人は少なくありませんが、彼(女)らの大半はビーチやプールサイドで感染しています。

 尋ねるとやはり蚊忌避剤(DEET、注1)の使用を怠っていたと言います。特に女性の場合は、日焼け止めしか塗っていませんでした、と答える人が大半です(注2)。これでは、夜間に治安の悪いストリートを下着姿で歩くようなものです。

蚊忌避剤(DEET)をうまく使おう

 2014年の東京都のデング熱流行でDEETという言葉が有名になりました。これを外用していれば蚊から身を守ることができますから、特に海外で海や山に行くときには力強い味方になります。しかしいくつかの注意が必要です。

明治神宮の入り口で虫よけスプレーを借りて使う台湾からの観光客=東京都渋谷区で2014年9月5日午前10時52分、森田剛史撮影
明治神宮の入り口で虫よけスプレーを借りて使う台湾からの観光客=東京都渋谷区で2014年9月5日午前10時52分、森田剛史撮影

 まず、一度外用すればどれくらい有効か、という問題があります。DEETには濃度が記載されていて、数字が高いほど持続時間が長いのは事実です。だいたい50%が最高で、それ以上濃度を高くしても効果は変わらないと言われています。その50%でどれくらい有効かという点については諸説あり、4時間程度とするものもあれば8時間以上効果が続くとする意見もあります。しかし塗り方によっても変わるでしょうし、汗で落ちてしまうこともあるでしょうから数字を過信してはいけません。

 肌がさほど弱くないという人は高濃度のものを選びたくなると思います。しかし、日本で現在販売されている忌避剤のDEETの濃度は最高12%で、それより高い濃度のものはありません。一方、海外では30〜50%のものが薬局のみならず、スーパーやコンビニ、よろず屋などで売られています(注3)。私自身もDEETは海外で購入しています。以前お話しした私の海外用の「感染症予防グッズ」には海外製のDEETも入っています。

 では日本製のDEETは不十分なのかと問われれば、単純な話ではないようで、日本製のDEETを調べてみると12%の製品で6〜9時間有効としているものもあります。私は一度あるメーカーにこれについて質問したことがあります。海外でデング熱やチクングニア熱の対策がこの濃度でできるのかどうかメーカーの見解を知りたかったのです。回答は「日本の蚊を対象にしているので海外での有効性は分からない」というものでした(注4、5)。

感染者のいるところに新たな感染は起きる

 ところで、デング熱やチクングニア熱は海や山のみならず、バンコクやシンガポールの大通りでも発生します。なぜでしょうか。

 ひとつは、工事現場などには水たまりやドラム缶がありそのようなところで蚊が発生するからです。ただ、それだけではありません。なぜこういった感染症が発生するかというと、まず感染している人(その人は無症状のことも多い)を蚊が刺し、病原体(ウイルス)が蚊の体内に入り、次に別の人を刺したときに感染するからです。文字通り蚊がウイルスを「媒介」しているのです。

 ということは、元々こういったウイルスを持っている人がその場にいた、ということになります。そして、誤解を恐れずに言うと、そのような人たちはタイやシンガポールでなく近隣の貧しい国から出稼ぎに来ていることが多いのです。

 ここで14年の代々木公園で発症したデング熱の流行を思い出してください。代々木公園では海外のイベントがよく行われます。実はデング熱が流行する直前に、外国人がたくさん集まるイベントが複数開催されていました。もちろんこれだけで外国人がウイルスを持ち込んだと言えるわけではありませんし(帰国した日本人が発端という可能性ももちろんあります)、このような「可能性」が外国人への偏見につながるようなことは絶対にあってはなりません。しかし、「デング熱が流行している地域から日本に入国した人(日本人も含めて)は無症状でもウイルスを持っている可能性があり、日本の蚊がそのウイルスを他人に媒介する可能性がある」ということは知っておくべきだと思います。

海外での蚊対策(4) 必要に応じてマラリア予防薬の用意を!

 蚊対策の第4の「決め手」はマラリア予防薬です。マラリアは「死に至る病」ですから流行地で蚊に刺されてはいけません。注意しても完全に防ぐことが難しい場合には予防薬を用いることになります(注6)。ただし、マラリアが流行している国に旅行するというだけでは内服する必要はありません。

 たとえばカンボジアなら、首都のプノンペンやアンコールワットのシエムレアプを訪問するという程度では不要です。しかしたとえば、人が住んでいないジャングル地域の開発に携わっているという人や、そういった地域でフィールドワークをおこなう研究者、また、トレッカーや冒険好きの人、へき地マニアのバックパッカーなどはハイリスクとなります。

蚊の恐ろしさを忘れないで

ヒトスジシマカ=米疾病対策センター提供
ヒトスジシマカ=米疾病対策センター提供

 これまで7週間にわたり「世界一恐ろしい生物=蚊」について述べてきました。現在の日本に住んでいる限り「蚊に殺される」ことはありませんから世界一恐ろしいと言われてもピンとこないかもしれません。しかし、海外で蚊に「殺人微生物」を体内に注入され帰国後に命を落とす日本人がいるのは事実であり、今後地球温暖化の影響で国内在住者にもリスクが及ぶ可能性もなくはありません。また、八重山諸島の悲劇については忘れてはならないことです。

 蚊が飛ぶあのイヤな音を聞いたとき、このコラムのことを少しでも思い出してもらえればうれしいです。

   ×   ×   ×

注1:DEETの正式名は、N,N-diethyl-meta-toluamideという化学物質です。

注2:以前診察したタンザニアに旅行に行くという患者さんから「蚊対策は夜だけでいいんですよね」と言われたことがあります。たしかにマラリアを媒介するハマダラカは夜間に活動しますが、デング熱やチクングニア熱を媒介するネッタイシマカが活動するのは日中です。「チクングニアという言葉はタンザニアの言葉なんですよ」ということを伝えると大変驚いていました。

注3:小児の場合は注意が必要です。2カ月未満の赤ちゃんにはDEETを使ってはいけません。また海外でも、2カ月以上の小児に用いる場合は30%未満にすべきだとされています。

注4:これを質問したときに、前回述べたリキッド式蚊取り器の電圧についても尋ねてみました。回答は「現時点で海外使用できるような製品の開発は考えていない」とのことでした。残念です……。

注5:DEETの欠点として「かぶれやすい」というものがあります。特に肌が弱い人は海外製の高濃度のDEETに抵抗があると思います。そこでそういうタイプの人に推薦したいのがシトロネラと呼ばれるレモングラスに似た植物です。シトロネラのエキスで作られたローション、オイル、クリームなどが販売されています。しかし、これがどの程度有効かについてはよく分かっておらず、使用するならマメに塗り直す必要があるでしょう。

注6:マラリア予防薬には3種類あり、その人の渡航先、期間、病歴などから適切なものを選ぶことになります。13年に日本でも発売となった「マラロン」(一般名はアトバコン・プログアニル塩酸塩錠)という予防薬は副作用が少なく、内服期間も短いことから、最近は太融寺町谷口医院でも処方する機会が増えてきました。しかし価格が高いのが欠点です。

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。