
認知症の人に行動心理症状(かつては周辺症状と呼んだ)はつきものであるかのように思われている。興奮、徘徊(はいかい)、妄想のほか、怒りっぽさや拒否的言動などの周囲を戸惑わせる言動のことだ。しかし、アルツハイマー病の軽度〜中等度なら、それをすべて病気のせいと考えるのは間違いである。もちろんすべての認知症の人に生じるわけでもない。多くの医療・介護専門職が「脳の症状」とみて、「認知症だからこんな言動が出る」と考えている現状には大きな問題がある。アルツハイマー病軽度〜中等度で障害される脳はごく一部であり、脳の障害が行動心理症状を生じているという確かな医学的証拠はないのである。
80歳の軽度アルツハイマー病の女性が受診された。同伴の夫は「私に外出させない。たたいたりする。ときには女に会いにいくのかとなじる」と本人を前にして話す。それを否定する女性に「また忘れたんだろう」と夫は言い返した。女性に話を聞くと、すでに巣立った3人の息子の成長を誇らしげに語った。夫妻は以前よく旅行や外出をしていたのが、発症後はゆっくり話をすることもなくなり、寝室も別になったとのことであった。
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東京医療学院大学教授
うえだ・さとし 京都府生まれ。関西学院大学社会学部では福祉専攻で精神医学のゼミで学ぶ。卒後、朝日新聞に記者で入社したが、途中から内勤の編集部門に移され「うつうつとした」日々。「人生このままでは終われない」と、もともと胸にくすぶっていた医学への志向から1990年、9年勤めた新聞社を退社し北海道大学医学部に入学(一般入試による選抜)。96年に卒業、東京医科歯科大学精神神経科の研修医に。以後、都立の高齢者専門病院を中心に勤務し、「適切でない高齢者医療」の現状を目の当たりにする。2007年、高齢者のうつ病治療に欠かせない電気けいれん療法の手法を学ぶため、米国デューク大学メディカルセンターで研修し修了。同年から日本医科大学(東京都文京区)精神神経科助教、11年から講師、17年4月より東京医療学院大学保健医療学部教授。北辰病院(埼玉県越谷市)では、「高齢者専門外来」を行っている。著書に、「治さなくてよい認知症」(日本評論社、2014)、「不幸な認知症 幸せな認知症」(マガジンハウス、2014)、訳書に「精神病性うつ病―病態の見立てと治療」(星和書店、2013)、「パルス波ECTハンドブック」(医学書院、2012)など。
連載:幸せな認知症
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