実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

本当は複雑な「風邪」とコーセーブッシツ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【1】

 随分前から「日本の医者は抗生物質を使いすぎる。軽度な風邪にも処方するのはおかしい」と言われています。これは確かに事実ではあります。しかし「風邪」に「抗生物質」は是か非か、と単純に言い切れるわけではありません。

 たかが風邪ごときで医療機関にかからない、という「信念」を持っている人がいる一方で、風邪かなと思ったらその時点でかかりつけ医に相談する、という人もいます。我々医師の立場からみたときも、わざわざ医療機関に来なくても家で休んでいればよかったのに……と思う症例から、直ちに入院を勧めなければならない場合までさまざまです。たかが風邪、されど風邪、なのです。

 今回から12週にわたり「風邪」を取り上げたいと思います。風邪については予防にしても治療についても間違った知識や情報が流布していることが少なくありません。その理由のひとつが「風邪」の定義がはっきりしていない、ということです。

そもそも「風邪」とは何なのか

 「風邪」は文脈によって何を意味するかが変わってきます。このコラムでは風邪の定義を「急性の上気道炎症状をきたす感染症」とします(注1)。「急性」というのは数日からせいぜい1~2週間前に始まったものを言います。「1カ月以上続くせき」や「2カ月前からの発熱」などは急性ではありません。

 「上気道炎症状」というのは上気道に炎症が起こったことにより生じる諸症状ですが、これではわかりにくいと思います。上気道というのは鼻腔(びくう)、副鼻腔、咽頭(いんとう)、扁桃(へんとう)、喉頭、気管などを指します。普段使わない解剖用語がでてきて余計ややこしくなってきたかもしれません。わかりやすく言えば、鼻から気管までの間に炎症がおこり、せき、たん、鼻水、鼻づまり、喉の痛み、声がれなどが生じれば「上気道炎症状」に該当します。どの部位に炎症が起こるかによって「急性副鼻腔炎」「急性咽頭炎」「急性気管支炎」などの病名がつきます。

 風邪は「感染症」ですから、感染症以外の原因による炎症を除外しなければなりません。その原因として最も多いのがアレルギーです。アレルギー性鼻炎やアレルギー性の副鼻腔炎(好酸球性副鼻腔炎)などは風邪には含めません。また、頻度は多くないものの咽頭がん、喉頭がん、上顎洞(じょうがくどう)がんなどのがんも風邪のような症状を呈することがありますが、もちろんこれらは感染症ではありません(注2)。

 感染症を原因微生物で分類すると、細菌性、ウイルス性、真菌性、原虫性などがあります。大まかな頻度として、私の印象でいえば、ウイルス性が7~8割、細菌性が2~3割、真菌性が1%未満、原虫性は0.1%未満です(注3)。(場合によっては結核性も入りますが「結核」は特殊な感染症であり「風邪」には含めません。結核は改めて取り上げる予定です)

風邪の治療に抗生物質を使うべきか

 ここで、冒頭で取り上げた「風邪に抗生物質」について考えてみましょう。風邪に抗生物質を使うべきか否か……。素直に考えれば「抗生物質は細菌性に使うべきで、それ以外の微生物が原因のときは使うべきでない」となります。しかし何度も言いますが事はそれほど単純ではありません。

 その理由を述べていく前に、「抗生物質」という言葉を見直しておきたいと思います。日常の診療で「抗生物質」と言えば、それは細菌感染に用いる薬、すなわち「抗菌薬」のことを指します。私の印象でいえば、ここを誤解している人が少なくありません。「抗生物質」はウイルスや真菌も含めた微生物全般に使う薬と考えている人がいて、この理解は確かに文脈によっては間違いではありません。広義には抗生物質をそのような意味で使うことも間違いではないからです。しかし、実際の医療現場ではこのような言葉の使い方はほとんどしません。

抗生物質にまつわる根深い誤解

 抗生物質について私が最も驚かされるのは、どんな風邪にでも効く「魔法の薬」のように思っている人がいる、ということです。興味深いことに、そのような人たちの問診票には「コーセーブッシツ(ひらがなのこともあります)をください」と書かれていることもあります。つまり彼(彼女)らにとっての「コーセーブッシツ」とは、どのような病原体に効くかというようなことは初めから頭になく、コーセーブッシツこそが今の症状をとってくれる「救世主」なのでしょう(注4)。

 私は日ごろ、自分が診ている患者さんに対して「セルフ・メディケーション」と「チュージング・ワイズリー」のコンセプトを伝えるようにしています。このコラムの趣旨から外れるために詳しい言及は控えますが、これらは一言でいえば「なるべく医療機関に頼らなくていいように日ごろから自分で健康管理をしましょう。そのためにある程度の医学的知識を持ってください」というものです。

 そういう考えを持っている私が社会に訴えたいことのひとつが、誤解を招く「抗生物質」という表現はやめにして「抗菌薬」と呼びましょう、ということです(注5)。抗菌グッズという言葉があることからもわかるように「抗菌」とは菌をよせつけないこと、というイメージは多くの人が持っていると思います。「抗菌薬」という表現を用いることにより、抗生物質=抗菌薬の正しい理解が広まるようになると私は考えています。

 次回は、その風邪が細菌性かウイルス性かをどうすれば見分けられるのか、ということについて述べていきます。

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注1:ここでの定義以外に「風邪」を「感冒症状をきたすウイルスによる感染症」とする考え方もあります。しかし、その上気道炎症状がウイルス性なのか細菌性なのかは患者さんからは分かりにくいでしょうし、医師の側からみても簡単に鑑別できる(見分けられる)わけではありません。またインフルエンザは風邪でないという人もいますが、インフルエンザの別名が「流行性感冒」であることからもわかるように広い意味では感冒つまり風邪の一種ですし、インフルエンザと他の風邪を簡単に区別することもできません。本文で述べたように、このコラムでは(インフルエンザを含む)ウイルス感染であっても細菌感染であっても「急性の上気道炎症状をきたす感染症」を「風邪」とします。

注2:日本ではあまりありませんが、EBウイルスというウイルスの感染が上咽頭がんの原因になることがあります。しかしこの場合も感染症ではありますが「風邪」には入れません。

注3:この割合は、私が実際に医師として診察してのものです。軽症の風邪なら医療機関を受診しない人の方が多いでしょうから、医療機関未受診のものも含めるとすべての風邪の9割以上はウイルス性になると思います。

注4:抗生物質でなく「抗生剤」と呼ぶ人もいます。やはりこの場合も「コーセーザイ」がどのような風邪にも効く「救世主」のように考えている人がいます。

注5:そもそもなぜ抗菌薬のことを抗生物質と呼び出したかというと、おそらく英語のantibioticをそのまま和訳したからでしょう。しかし、大変興味深いことに、英語でも抗菌薬を正確に意味するantibacterial drugという表現があるにもかかわらず、欧米でも、医療者も一般の人たちも抗菌薬のことをantibioticと呼ぶことが多いようです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。