実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

ワシントンの命を1日で奪った「死に至る風邪」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【4】

 前回は、患者さんからみると医師は抗菌薬を気軽に処方しているようにみえるかもしれないが、実際は菌の種類と重症度を考慮して選択していること、軽症であれば細菌性の風邪であっても薬を使わなくてもいいことなどについて述べました。

アメリカ建国の父は「風邪」で死んだ

 今回は風邪の最重症型で、短時間で死に至ることもある「急性喉頭蓋炎(きゅうせいこうとうがいえん)」についてお話ししたいと思います。そんな病名聞いたことがない、興味が持てない、という人の方が多いでしょう。しかし、初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンを急死させた風邪と言われればどうでしょうか。

アメリカ初代大統領、ジョージ・ワシントン
アメリカ初代大統領、ジョージ・ワシントン

 1799年12月13日、高熱と悪寒で目覚めたワシントンは親友の医師に診療を頼みます。しかし必死の治療もむなしく翌日の12月14日、67歳の生涯を閉じることになりました。なんと症状出現から死亡に至るまで24時間もたっていないのです。

 ここで想定される三つの質問に答えておきたいと思います。まず18世紀の67歳ですから、ワシントンは元々高齢で病弱だったのではないか、という質問です。病弱ではなかった、というのが正解です。実際ワシントンは症状出現の前日に長時間馬に乗っていたことが知られています。

 二つめの質問は、急性喉頭蓋炎なんていう病気は、とてもまれなもので、たまたま有名人がかかっただけじゃないの、というものです。これについては、たしかに頻度の高いものではありません。しかし決してまれではありません。おそらく大病院の耳鼻科であれば年間10~20人くらいは入院して治療を受けているのではないかと思われます。私自身の経験でいえば、疑い例も入れると1~2年に1人くらいの割合でこの疾患に遭遇しています。

 三つめの質問は、18世紀の医療はきちんとしたものがなかったから死んでしまったのであって現在では死ぬようなことなどないんじゃないの、というものです。これは完全に間違いであり、現在でも「死に至る病」です。実際、死亡例は珍しくありません。

診断は困難、そして瞬く間に死に至る

 ワシントンはこの病気に67歳で罹患(りかん)しましたが、日本では30代から50代に多くみられます。糖尿病や肥満者がリスクとされていますが、実際にはまったく健康に問題のない人もかかります。働き世代の男性に発症し死に至ることもありますから、残された家族が困窮して、子供が学校をやめなければならなくなった、という話も聞きます。

 なぜそんなに簡単に死んでしまうのかというと、容易に「窒息」するからです。「喉頭蓋」というのは咽頭(いんとう)よりも奥に位置している声帯近くの部位を言います。ここが短時間で大きく腫れることがあり、そうすると気道が閉塞(へいそく)してしまうのです。実際、入院の手続き中に病院の待合室のソファで横になったとたんに窒息し死亡した(注1)という報告もあります。

 急性喉頭蓋炎が大変やっかいなのは「短時間で死に至る病」だから、だけではありません。「診断が難しい」というのが最も大きな問題なのです。診断が難しい理由は、一見他の風邪と変わらない症状であること、さらに有用な検査方法がないことです。確実な検査としては喉頭ファイバーというカメラを鼻から入れて喉頭蓋を観察するという方法がありますが、これは耳鼻科医にしかできませんし、費用も高くつきます。ですから風邪症状があるからといって簡単にできるものではありません。

 前々回に詳しく述べたグラム染色は、喀痰(かくたん)か咽頭スワブ(咽頭を綿棒でぬぐったもの)を使います。急性喉頭蓋炎の場合、喉頭蓋に綿棒は届きませんし、喀痰も出ないことの方が多く、グラム染色はほとんど無力です。血液検査をしても必ずしも有用な所見は得られませんし、結果を待っている間に症状が悪化してしまいます。高熱は出ることが多いですが、初期には軽度の発熱しかないこともありますし、患者さんが医療機関を受診する前に解熱鎮痛剤を飲んでいるせいで高熱が出ていないこともあります。

医師にとっても「恐怖の病」

 では、医師は何を指標にこの急性喉頭蓋炎というやっかいな風邪を診断しているのでしょうか。実は急性喉頭蓋炎は我々医師からみたときにも「恐怖の病」なのです。つまり、絶対に見逃してはいけない風邪でありながら、その他の風邪と比べてそれほど特徴的な所見があるわけでもなく、口を開けてもらい喉を見せてもらってもさほど赤くもなく特に異常所見が見当たりません。他の風邪と同じように、発熱、のどの痛み、倦怠(けんたい)感などを訴えるだけです。

 にもかかわらず、急性喉頭蓋炎は直ちに入院ができ、耳鼻科医のいる病院に搬送する必要があり、場合によっては救急車に同乗し病院に到着するまでの間に車内で、気管切開(メスなどで首に穴をあけて空気を送り込む処置)を迅速にしなければなりません。研修医にとってはもっとも怖い病気のひとつですし、風邪をよく診ている何年目の医師であっても「恐怖の病」です。もちろん毎日何人もの風邪の患者さんを診ている私自身にとっても恐怖であり、いつも急性喉頭蓋炎の可能性は頭の片隅においています。

「恐るべき風邪」を見逃さないために

 さて、では我々医師はどうやって診断をつけているのでしょう。私の場合は、「呼吸苦」「ふくみ声」「嚥下痛(えんげつう)」の三つに注意するようにしています。呼吸苦はぜんそくでも出ますが、ぜんそく特有の音が聞こえず、これまでぜんそくなどと言われたことがないという場合は注意が必要です。ふくみ声というのはあめ玉をなめながら話したときのような話し方になることを言います。「嚥下痛」は物を飲み込んだときの痛みで普通の「風邪」でも多少はありますが、急性喉頭蓋炎の場合は強烈な痛みを訴えます。また舌骨(のどぼとけより少し上の硬い部分)を押すと強い痛みが誘発されるのも特徴です。

 しかし、できればこれら三つの症状が出る前に診断をつけるべきです。ところが、これが本当に難しいのです。風邪の多くに薬はいらないことを説明するのが医師の仕事であるということを前回は述べました。しかしその一方で、急性喉頭蓋炎を見逃すことのないよう日々気を引き締めているのもまた医師の姿なのです。

   ×   ×   ×

注1:喉頭蓋が腫れて気道が狭くなっているときは、必ず上体を起こしていなければなりません。横になると腫れた喉頭蓋が一気に気道を閉塞して窒息します。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト