実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

まだまだある、危険な「死に至る風邪」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【5】

 前回は短時間で死に至ることもある最重症型の風邪、急性喉頭蓋炎(きゅうせいこうとうがいえん)を紹介しました。急性喉頭蓋炎は短時間に進行し窒息することもありますから、適切なタイミングで気管切開をしなければなりません。気管切開とは首の前の部分を切開し空気を送り込む「穴」をつくることです。

魚の骨でできた傷から生じることも 「扁桃周囲膿瘍」

 では、気管切開のような大変なことをしなければならない風邪は急性喉頭蓋炎だけかというと、そういうわけではありません。あと二つ、我々医師が「場合によってはキセツ(気管切開のこと)が必要かも……」と考える疾患があります。

 一つは「扁桃周囲膿瘍(へんとうしゅういのうよう)」で、文字通り扁桃の周囲に膿瘍(「うみ」のこと)ができます。単なる扁桃(腺)炎ならばさほど重症化はしませんが、扁桃の周りにまで炎症が及ぶと、ときに重症化します。炎症が気道の下の方に及べば窒息のリスクもでてきます。そういったリスクがあると判断すれば気管切開に踏み切らなければなりません。

 扁桃周囲膿瘍は子供よりも成人に多い疾患です。ほとんどは扁桃炎が重症化して生じますが、なかには口腔(こうくう)内にできた傷、たとえば魚の骨でできた傷などから起こることもあります。気管切開まで考慮すべき最重症型の風邪ではありますが、急性喉頭蓋炎よりは診断が容易です。なぜなら口を開けてもらえば扁桃周囲の炎症の程度がある程度は分かるからです。急性喉頭蓋炎の場合は見えないところに生じるために、診断に苦労することがありますが、扁桃周囲膿瘍の場合はある程度は見えます。ただし、気道の下の方に炎症が広がっていった場合は外から確認できませんから注意が必要です。

犬がほえるようなせきが出る「声門下喉頭炎」

 もう一つ重症化するのが「声門下喉頭炎」です。これは成人よりも小児に多い風邪で、重症化するとやはり窒息することがあります。急性喉頭蓋炎は声門の上の部分に炎症が起こるのに対し、声門下喉頭炎は文字通り声門の下の部分に炎症が起こります。急性喉頭蓋炎は嚥下痛(えんげつう)が特徴なのに対し、声門下喉頭炎では嚥下痛はあまり生じません。その代わりに声がかすれ、激しいせきが生じ(まるで犬がほえるような「ケンケン」という感じのせきが起こることから「犬吠様咳嗽(けんばいようがいそう)」と呼ばれます)、比較的短時間で呼吸困難が生じることもあり、気管切開が必要になります。

 声門下喉頭炎も、できるだけ迅速に診断をつける必要があります。急性喉頭蓋炎は、喉もそれほど赤くなくグラム染色も無効であり、診断に苦慮することがありますが、声門下喉頭炎は正確な診断がつけられなかったとしても、強烈に苦しく止まらないせきから少なくとも重症であることは比較的早期に分かります。しかし、もたもたしていると気管切開も間に合わず窒息ということもあり得ますから最重症の疾患といえます。

初期は風邪のような「髄膜炎」は激しい頭痛が特徴

 急性喉頭蓋炎と扁桃周囲膿瘍、声門下喉頭炎がなぜ怖いかというと、比較的短時間で「窒息」するからです。では、「死に至る風邪」は窒息する可能性のあるこれらの疾患だけかというと、もうひとつ忘れてはならない風邪に関連する疾患があります。

 それは「髄膜炎」です(注1)。髄膜炎は「風邪」の定義には当てはまりませんが、髄膜炎の初期に風邪症状が生じることが多いこと、重症化すると死に至ることがあることから、風邪の症状を訴える患者さんを診察するときには、鑑別に加えなければなりません(髄膜炎は大変重要な感染症なので、いずれ回を改めて詳しく述べたいと思います)。

 髄膜炎に移行する風邪は、通常診察時に頭痛を訴えます。しかし、頭痛がある風邪の全例に髄膜炎を疑うわけではありません。インフルエンザウイルスによる風邪は多くの症例で頭痛を伴いますし、小児の風邪では、病原体が細菌性でもウイルス性でもかなりの割合で頭痛を認めます。

 しかし髄膜炎の頭痛は、特に成人の場合では「割れるような激しい頭痛」になります。嘔吐(おうと)を伴うこともしばしばあります。つまり、通常ではない激しい頭痛を伴う「風邪」であれば、髄膜炎に移行している可能性を考慮に入れる必要があるのです。私は、風邪症状を訴える症例で初回から採血をすることはほとんどないと述べましたが、髄膜炎を疑ったときは例外です。血液検査をして重症度を確認します。そして咽頭(いんとう)スワブでグラム染色をおこない細菌感染を疑う像(注2)が見つかれば、血液検査の結果を確認する前に速やかに抗菌薬の点滴をおこないます。

咽頭痛(のどの痛み)を訴えて受診した患者さんの咽頭スワブのグラム染色。好中球(白血球の1種)にピンクの丸い細菌「グラム陰性双球菌」が貪食(どんしょく=飲み込んで消化すること)されている。この例ではその後、培養検査でこの菌が髄膜炎菌であることが確定された=筆者提供
咽頭痛(のどの痛み)を訴えて受診した患者さんの咽頭スワブのグラム染色。好中球(白血球の1種)にピンクの丸い細菌「グラム陰性双球菌」が貪食(どんしょく=飲み込んで消化すること)されている。この例ではその後、培養検査でこの菌が髄膜炎菌であることが確定された=筆者提供

 細菌性の風邪の場合、軽症であれば抗菌薬を処方しないことがあると述べましたが、髄膜炎を疑った場合は、抗菌薬の飲み薬に加え点滴で抗菌薬を体内に入れます。それくらい初期の段階からしっかりと細菌をたたいておく必要があるのです。

 初期にはただの風邪と区別がつかないこともある髄膜炎は死に至ることもある重要な感染症です。なかでも「ウオーターハウス・フリーデリクセン症候群」と呼ばれる最重症型に移行すると、ごく短期間の間に全身が障害されて救命できないことが多く、たとえ命は助かっても四肢を切断しなければならないこともあります(注3)。

 たかが風邪、されど風邪……なのです。

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注1:髄膜炎をきたす病原体はさまざまで、細菌性、ウイルス性、真菌性、寄生虫性、結核性などに分類できます。また感染症以外の原因で髄膜炎が起こることもあります。細菌性の髄膜炎をきたす細菌には、髄膜炎菌以外にもいくつもの細菌があります。このように髄膜炎にはさまざまな原因がありますが、今回述べているのは「髄膜炎菌」による髄膜炎です。

注2:髄膜炎菌は特徴的なかたち(グラム陰性双球菌)をしているためにグラム染色で菌そのものが見つかることがあります。しかし、細菌性の髄膜炎を疑った場合は、髄膜炎菌が見つからなくても重症化する可能性を考えて抗菌薬の点滴をおこないます。

注3:過去に、ウオーターハウス・フリーデリクセン症候群の症例で、診察した医師が抗菌薬の投与をおこなわず、患者さんが約10時間後に死亡し、医療訴訟となって医師側が敗訴した事例がありました。診察時点では全身状態がそれほど悪くなく、体内の炎症の程度を示すC反応性たんぱく(CRP)が低値であり、そのときに抗菌薬を使用すべきだったという判断ができなかったのも無理もなく、たとえ抗菌薬を使用していたとしても助からなかった可能性が高いため、この判決(ここで読むことができます)は、随分問題となりました。この事故以降、医師は軽度の風邪症状にも抗菌薬を用いるようになったと指摘する声もあります。

ワシントンの命を1日で奪った「死に至る風邪」

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。