実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

うがいの“常識”ウソ・ホント

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【6】

 この「風邪シリーズ」も6回目、全体の半分まで来ました。これまで、風邪の病原体はウイルス性、細菌性が大半であり、ほとんどのウイルス性や軽症の細菌性の風邪であれば、抗菌薬は不要で、他の薬も多くの場合必要でないこと、しかし細菌性の風邪の中には重症化し、ときに短時間で死に至るものもあることなどを話してきました。

 重症型の風邪だけはなんとしても避けたいですし、わずか数日間で治る軽症のものであっても、できることなら風邪はひきたくないものです。どうすればいいのでしょうか。月並みですが、やはり風邪の予防には「手洗い・うがい」が重要です。

うがいの習慣が普及しているのは日本だけ?

 よく「手洗い」と「うがい」はセットで語られます。ただし、私の印象では、どうもこれは日本だけの特徴のようです。というのも手洗いは、世界中のどこでもその重要性が指摘され、有効性や正しい方法について解説したポスターやプロモーションビデオがたくさんあります。

 一方、うがいについては、手洗いと比べると驚くほど文献が見当たりません。私は、風邪の予防には「手洗い」よりもむしろ「うがい」が重要だと考えています。手に付着した病原体が口腔(こうくう)内に入るのは、たとえばパンなど手で食べるものを口にするときだけです(ですから、指をなめる、爪をかむ、鼻をほじるといったクセのある人は手洗いを怠れば簡単に風邪をひきます)。

 第18回で述べたようにこのコラムでは風邪の定義を「急性の上気道炎症状をきたす感染症」としています。上気道の入り口は鼻(鼻腔)です。鼻腔から侵入した病原体は咽頭(いんとう)にたどりつきますから、咽頭に付着した病原体を除去するにはうがいが大変有効だと考えられます。

 しかし、世界にはうがいの有効性を検証した研究がほとんど見当たりません。もっと根本的なことをいえば、海外ではうがいの習慣がほとんどありません。「ない」ことを実証するのは困難ですが、私は日本人のようにうがいをしている国民はほかに見たことがありません。おそらく最大の理由は「海外では水道水が微生物だらけ」だからでしょう。連載第3回で述べたように、水道水を飲める国は世界で数カ国しかありません。日本以外のほとんどの国や地域では、うがいによってかえって咽頭に微生物が付着する可能性すらあるのです。

京大が研究「うがいは風邪を予防できるのか?」

 うがいの有効性を検証した世界でも数少ない研究が京都大学で行われており、医学誌「American Journal of Preventive Medicine」2005年11月号に掲載されています(注1)。この研究は、02年から03年の風邪シーズンに、日本全国18地域のボランティア387人を被験者として、うがいがどれくらい風邪の予防になるのかを検証しています。

 結果、水でうがいをしたグループでは、しなかったグループと比べて風邪をひくリスクが4割も減少しています。やはりうがいの効果はあったのです。

 ではみなさん今日からうがいに励みましょう、となるわけですが、ここで終わればおもしろくありません。今回のポイントはここからです。実はこの研究、387人のボランティアが三つのグループに分けられています。「うがいをしないグループ」、「水でうがいをするグループ」、そして「ヨードでうがいをするグループ」です。

 「ヨード」という言葉は東日本大震災のときに有名になったので記憶に残っている人も多いと思いますが、医療の世界では「消毒薬」として用います。濃い茶色の液体、と言えばわかる人も多いのではないでしょうか。

 たとえば皮膚を切開する際は、ヨードを皮膚表面にたっぷりと塗ります。そして十分に乾いたことを確認してメスを入れます。ヨードは非常にすぐれた消毒薬で、一部のアレルギーがある人を除いて、手術のときには広く使われています。

 そんなに高い消毒効果があるなら他にも応用できるはず、と考えたくなります。そして実際、うがいや傷の治療・消毒(注2)にも長年使われてきました。しかし、これが「間違い」だったのです。

ヨードのうがい薬より水うがいの方が効果が高かった!

 京都大学の研究では三つめの「ヨードでうがいをするグループ」の風邪をひいた人数が、「うがいをしないグループ」とほぼ同じ、という結果になりました。つまりヨードのうがいは風邪を予防する効果がまったくなかったのです!

水とヨードのうがいで風邪発症率がどれくらい異なるかを調べた研究。うがいをしない場合と比べて、水うがいであれば風邪の発症を大きく減らすことができるが、ヨードのうがいでは効果が認められない(Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med 2005; 29: 302-307.掲載の図版を一部改変)
水とヨードのうがいで風邪発症率がどれくらい異なるかを調べた研究。うがいをしない場合と比べて、水うがいであれば風邪の発症を大きく減らすことができるが、ヨードのうがいでは効果が認められない(Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med 2005; 29: 302-307.掲載の図版を一部改変)

 実は、この論文が出る前からヨードでのうがいを疑問視する声は徐々に大きくなっていました。手術の際、皮膚にヨードを塗って殺菌効果が出るのは、ヨードが乾燥してからです。うがいではすぐに吐き出すため、そんなに効果はないのでは、という声がありました。しかし、少しぐらいは効くかも、という意見(というよりは単なる「期待」ですが)もあり、ヨードのうがいを禁止する医師はそう多くはなかったと記憶しています。

 京都大学のこの研究がブレークスルーとなりました。すべての医療機関とは言いませんが、これをきっかけに日本中の医療機関から一斉にヨードうがい薬がなくなったのです。私自身も、「〇〇〇〇(ヨードうがい薬のこと。実際は商品名)を使ってうがいをしています」という患者さんに対して、この研究の説明をして水でのうがいに切り替えてもらっています。

 精密にデータをとって検証したわけではありませんが、私の臨床経験でみても、水うがいに変更して風邪をひきにくくなったという患者さんは大勢います(注3)。

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注1:論文「Prevention of Upper Respiratory Tract Infections by Gargling」は、こちらで概要が読めます。

注2:傷の消毒(治療)にも現在ヨードはほとんど使われなくなってきています。以前は、医療機関でも傷にヨードを代表とする消毒薬を塗っていましたが、現在はまず水道水で洗浄をおこないます。その後優しくふいて、軟膏(なんこう)をたっぷり塗ってガーゼをあてるか、小さな擦り傷程度であれば傷の回復を早める効果のある被覆材を貼って終わりです。消毒薬を使わず、また傷を乾かさずに湿潤の状態を保ちます。昔の傷治療は、痛みに耐えるのが当然でしたが、現在の正しい治療法ならば痛みはほとんどないのです。

注3:うがいをより効果的におこなうには鼻腔に水を入れるうがい、いわゆる「鼻うがい」が有効とする考えがあり、実は私自身も実践しています。しかし、鼻腔に水道水を入れると痛いという欠点があります。生理食塩水を使えば痛みはかなり軽減されますが、準備が大変です。また、どのような方法で鼻腔に水をいれるか、さらに鼻腔の形態異常や蓄膿(ちくのう)の既往がある人などは水が副鼻腔(上顎洞=じょうがくどう)に入ってしまうリスクも問題になります。私はシャワーをするとき、水道水をシリンジ(針のない注射器)に吸い取って、少し顔を上に向けた状態で、片方の鼻をおさえながらもう片方の鼻腔に痛みを我慢しながら一気に注入します。この方法を始めて約2年、一度も風邪をひいていません。水道水が清潔でない海外では(もったいないですが)ペットボトルの水でこのうがいをしています。(同じことをしてトラブルが生じても責任をとれませんので、試してみたい人は、まずかかりつけ医に相談してください)

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。