実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

手洗いの“常識”ウソ・ホント

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【7】

 前回は、うがいが風邪の予防に大変有効であること、しかし日本以外ではうがいの習慣があまりないこと、うがいをするときはヨードを用いるのではなく水道水が有効であることなどをお伝えしました。

手洗いには「適切なせっけん」が必要

 今回は「手洗い」について述べていきたいと思います。うがいは水道水が最善、というのが前回の結論です。では手洗いもそうかというと、うがいとは異なり、手洗いには水道水だけでなく「せっけん」の使用が有効です。しかし、せっけんの「選択」には注意が必要で、「洗いすぎ」は逆効果になります。これらは追ってお話しするとして、まずは、せっけんがなぜ風邪の予防に有効なのかを考えてみたいと思います。せっけんを使えば効率的にできること、それは「アブラ汚れを簡単に落とせる」ということです。

せっけんがアブラ汚れを洗い流す仕組み

 せっけんがなぜアブラをとることができるのか。これを理解するキーワードが、「界面活性剤」「ミセル」という二つの言葉です。中学校くらいで習ったことを思い出す方もおられるかもしれません。「界面活性剤」とは、水とくっつく部分(これを「親水基」と呼びます)と油とくっつく部分(これを「親油基」または「疎水基」と呼びます)の両方を持っている物質です。つまり、界面活性剤には水と油の両方がくっつくことができるわけです。そして皮膚にこびりついたアブラに界面活性剤がやってくると、親油基の方をアブラと結合させます。そして界面活性剤どうしが手をとりあってアブラを浮かび上がらせて、そのアブラを中に取り込んで球形の「ミセル」と呼ばれる集合体をつくります。あとは水で洗い流せばミセルごとアブラが取り除かれるというからくりです。

細菌と一部のウイルスにはせっけんが有効

 細菌はアブラ汚れと共に皮膚に付着していることが多く、このようにせっけんで手洗いをするとミセルと共に細菌も洗い流すことができるのです。

 ウイルスはどうでしょうか。ウイルスは表面に「エンベロープ」と呼ばれる言わば「殻」のような構造を持っているタイプのものがあります。手洗いの有効性を考えるときには、エンベロープの有無がキーポイントで、エンベロープを持つタイプのウイルスにはせっけんは非常に有効です。そのアブラを落とす作用でエンベロープが皮膚からはがれやすくなるからです。そして、インフルエンザウイルスはエンベロープを持つウイルスです(他にヘルペスウイルス、B型肝炎ウイルス、HIVなどもエンベロープを持ちます)。

 一方、エンベロープを持たないウイルスにはせっけんは効果がなく、ひたすら流水下で手を洗うしかありません。時間をかけて物理的にウイルスを洗い流すしかないわけです。エンベロープを持たない風邪のウイルスの代表格がライノウイルスやアデノウイルスです。また、「風邪」の定義には当てはまりませんが、冬に感染性胃腸炎をきたすノロウイルスもこのタイプです。ちなみに、ノロウイルスはせっけんの効果を発揮しにくいだけでなく、アルコールでも殺菌できず対策には苦労します(ノロウイルスについてはいずれ改めて取り上げたいと思います)。

「抗菌」せっけんには効果なし

 ここでよくある質問に答えておきたいと思います。それは「抗菌作用をうたったせっけんは効果がありますか」というものです。先に答えをいうと「効果は期待できません」となります。意外に感じる人がいるかもしれませんので解説しておきます。

 前回お話しした「高い殺菌作用があるヨードがうがいに無効である理由」を思い出してください。ヨードは手術で皮膚を切開するときの消毒薬としては非常に有効です。そして、その有効性が発揮されるのは液が乾いたときです。うがいにヨードが無効である最大の理由が、うがいではヨードの殺菌効果が発揮される前に吐き出してしまう、というものです。

 手洗いではどうでしょうか。通常手洗いというのは数十秒程度でしょう。もっと長くおこなえばどうなるのでしょうか。実はこれを検証した研究があります。韓国の高麗大学校の研究者がおこなった研究が医学誌「Journal of Antimicrobial Chemotherapy」2015年9月15日号(オンライン版)に掲載されました(注)。

「抗菌」効果発揮は、洗い始めて9時間後?

 研究者らは20種の細菌を試験管に入れ、一方には普通のせっけん、もう一方には抗菌作用のあるせっけんを加えて細菌がどの程度減少するかを調べました。その結果、9時間以上経過すれば抗菌作用のあるせっけんを加えた方に強い抗菌効果が認められたそうです。ところが、せっけんを加えて30秒程度では両者に差がない、という結果がでています。通常手洗いは30秒程度で終わるでしょうから、この研究は通常の手洗いにおいて、抗菌せっけんは効果がないことを示しています。

 それだけではありません。私の経験からいって抗菌せっけんを使って手がかぶれたという人は決して少なくありません。そして手がかぶれると皮膚のバリア機能が損なわれ、細菌、ウイルスなどの病原体が皮膚の奥深くに浸入するリスクがでてきます。これでは何のために抗菌せっけんを使ったのか分かりません。

通常せっけんでの「洗いすぎ」にも要注意

 では通常のせっけんで十分な時間をかけて手洗いをすればいいのですね、という声が聞こえてきそうですが、私はこの意見にも警鐘を鳴らしたいと考えています。きれい好きな人のなかに、必要以上に時間をかけてせっけんで手を洗う人がいます。先に述べたようにせっけんはアブラをとるのが得意です。しかし、何事も「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」です。皮膚のバリア機能に必要なアブラが(抗菌せっけんでなくとも)普通のせっけんを使いすぎることにより取れてしまうのです。すると病原体が一気に皮膚にこびりつきやすくなります。これでは本末転倒です。

 さらに度を越す人がいます。なかには1回の手洗いでせっけんをまるごと1個使うような人もいて、それを日に何度も繰り返す人がいます。こうなると強迫神経症と呼ばれる精神疾患を疑わなければなりません。

 最後に手洗いの正しい方法をまとめましょう。うがいは「水だけ」が最適でしたが、手洗いはせっけんを使うのが有効です。そしてせっけんは抗菌せっけんではなく普通のせっけんがおすすめです。しっかりと泡立てる必要がありますが、せっけんの使いすぎには要注意です。むしろ水道水でしっかりとせっけんを洗い流しておくことの方が大切と理解すべきです。

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注:この論文「Bactericidal effects of triclosan in soap both in vitro and in vivo」はここで概要を読むことができます。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト