実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

インフルエンザワクチンは必要?不要?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷

知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【11】

 「生後6カ月から11カ月の乳児に対してはインフルエンザワクチンの効果はない」

 「2014~2015年のシーズンに流行したインフルエンザに対するワクチンの効果はわずか19%だった」

 前者は米科学誌「PLOS ONE」2015年8月28日号(オンライン版)に掲載された日本人の論文の要旨です(注1)。そして後者は同年3月に公開された米疾病対策センター(CDC)の報告(注2)の内容です。

「やっぱりインフルエンザワクチンに効果はない」??

 二つの報告を聞いてあなたはどのように感じるでしょうか。ワクチンを接種したのにインフルエンザにかかってしまった経験がある人は「それみたことか。インフルエンザのワクチンなんて効果はないんだ!」と言いたくなるかもしれません。

 しかし、結論をいえばインフルエンザのワクチンは「有効」です。そのため、特別の事情が無い限りは誰もが接種すべきものです。順番に解説していきましょう。

 最初に押さえておきたい点は「インフルエンザワクチンを接種しても、インフルエンザに感染することはある」という事実です。インフルエンザウイルスにはさまざまなタイプがあり、ワクチンは毎年流行するタイプを予測して作られます。そのため予想が外れれば効果が低くなります。事実、14~15年の流行期には予想が外れたのです。そのため、アメリカでは19%しか効果がありませんでした。もちろん予想が当たった年でも100%感染を防ぐことは不可能です。

 冒頭で紹介した「PLOS ONE」掲載の日本人を対象とした研究を少し詳しく見てみましょう。この研究では13~14年の流行期に発熱などの風邪症状で東京都内の医療機関を受診した合計4727人の小児を対象に調査を行っています。その結果、生後6~11カ月の乳児についてはワクチンの予防効果がなかったのです。裏を返せば、これはそれ以外の年齢層では効果があったということに他なりません。論文の著者は「ワクチンのおかげでA型インフルエンザでの入院を76%減らせることができた」と述べています(ただしB型インフルエンザではその効果がなかったとしています)。

 CDCの発表はどのように解釈すべきでしょうか。もしもあなたが「ワクチンの効果は19%です。うちますか? やめますか?」と問われれば何と答えるでしょう。「たったそれだけの効果しかないならお金を払ってまでうちたくありません」と答える人が多いのではないでしょうか。

インフルエンザの予防接種を受ける子ども=北九州市小倉北区で2015年12月21日、大場伸也撮影
インフルエンザの予防接種を受ける子ども=北九州市小倉北区で2015年12月21日、大場伸也撮影

重症化と他人への感染を防ぐためのインフルエンザワクチン

 ここでインフルエンザワクチンの目的を見直す必要があります。通常感染症のワクチンは「感染しないこと」を目的としています。つまり陽性(+)か陰性(-)です。狂犬病は感染し発症すると100%死亡します。ときどき「一切のワクチンを拒否する」という人がいますが、もしもその人がインド赴任を命じられれば接種するに違いありません。仮に接種しないままインドに赴任し、イヌにかまれたとしましょう。狂犬病ウイルスはイヌにかまれた後でも、ただちにワクチンを頻回に接種すれば感染が成立せず発症しません。しかし放っておくと100%死亡します。それでもワクチンをうたないという人がいればお目にかかりたいものです。ほかに自分自身や家族が医療者になったときにB型肝炎ワクチンを接種しないという人もいないでしょう。

 話を戻すと狂犬病やB型肝炎のワクチンは「感染を100%防ぐ」ことを目的としています。一方、インフルエンザワクチンは「感染を防げればもうけもの。本当の目的は重症化を防ぐことと他人への感染の可能性を低くすること」なのです。先に紹介した東京の研究でもA型インフルエンザでの入院を8割も減らすことができています(注3)。それに、実際に比較研究を行った論文は見たことがありませんが、ワクチンをうって重症例を減らすことができれば、他人への感染リスクも低減できます。実際、CDCは「生後6カ月以上のすべての人はインフルエンザワクチンを接種すべきだ」と発表しています(注4)。

組織のリスクマネジメントのためにワクチン接種を

 医療機関や介護施設では通常事務職の者も含めて毎年(ほぼ)全員がインフルエンザのワクチンを接種します。この最大の目的は「患者さんへの感染を防ぐこと」です。医療機関に来る患者さんは小児や高齢者が多く、成人の場合も生活習慣病など何らかの基礎疾患を持っている人が多い、つまりインフルエンザが重症化する人が多いのです。そういった人に感染させる可能性を少しでも下げるためにワクチン接種をしているのです。

 このように医療機関では従業員全員がワクチンを接種し、その費用は(通常は)医療機関が負担しています。これは単なる福利厚生ではなく患者さんに感染させるリスクの低減と、「少しでも感染リスクを下げ、感染したとしても重症化を防いで早く職場に復帰してほしいから」です。つまり、従業員のためを思ってだけではなく事業者(雇用者)としても有益なのです。

 この理屈は一般企業でも同じはずです。従業員がインフルエンザに罹患(りかん)しそれが重症化すると、職場内で一気に広がる可能性があります。学校で学級閉鎖になるのと同じです。ワクチンをうっておけば、感染しても他の従業員に広がるリスクが減り、感染した従業員も早い職場復帰が期待できます。これは個人的意見ですが、このコラムを企業経営者の方が読まれていたら、会社負担で従業員全員へのワクチン接種を検討していただきたいと思っています。

   ×   ×   ×

注1:論文タイトルは「Effectiveness of Trivalent Inactivated Influenza Vaccine in Children Estimated by a Test-Negative Case-Control Design Study Based on Influenza Rapid Diagnostic Test Results」でこちらで読むことができます。

注2:報告のタイトルは「CDC Presents Updated Estimates of Flu Vaccine Effectiveness for the 2014-2015 Season」で、こちらで読むことができます。

注3:アメリカにもこれを実証した研究があります。インフルエンザで入院した患者は、ワクチンを接種していない人に有意に多かったというものです。論文のタイトルは「Association Between Hospitalization With Community-Acquired Laboratory-Confirmed Influenza Pneumonia and Prior Receipt of Influenza Vaccination」で、こちらで概要を読むことができます。

注4:CDCのこの勧告はこちらを参照ください。

風邪の秘密シリーズ第1回はこちら

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト