実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

〈緊急企画〉ジカ熱拡大【前編】蚊が運ぶ病の正体とは

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【8】

 「ジカ熱って、大丈夫でしょうか……」

 先月(2016年1月)下旬のある日、2人の患者さんから同じ質問を受けました。1人は30代の男性、もう1人は20代の女性。共通点は「近く新婚旅行で南米渡航」することです。

 太融寺町谷口医院の患者さんは比較的若い人が多く、また私自身が日本旅行医学会に所属し、海外を訪れる人たちに向けた「旅行医学」の実践を掲げていることもあって、新婚旅行を含めた旅行時に関する健康相談をよく受けます。南米はペルーのマチュピチュなどの遺跡や、絶景で知られるボリビアのウユニ塩湖が新婚旅行先として人気を集め、近年渡航者が増加しています。しかし自然災害、感染症のリスクは総じて高く、多くの国でテロや強盗などの人災も少なくないため、渡航ルートにもよりますが初心者向けの海外渡航プランではありません。

 したがって南米を新婚旅行先に選ぶような人は、それなりに海外渡航の経験が豊富で、私よりも現地の医療情報に詳しい人もいます。しかし「ジカ熱」というマイナーな感染症の名前が同じ日に2人の患者さんから発せられたことには驚きました。

WHOが「公衆衛生上の緊急事態」を宣言

 そしてその数日後の2月1日、世界保健機関(WHO)は、ジカウイルスに対し、いわゆる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました(注1)。日本政府も5日、ジカ熱を感染症法の「4類感染症」に指定することを決めました。医師がジカウイルスに感染している患者を診察した場合、保健所に届け出ることが義務付けられます。

上記日時現在の「流行地」を示しており、過去の流行発生地は含まれていない。またCDCは、ジカウイルスは現在も拡散を続けており、今後どのような広がり方をするか見極めることは難しいとしている(一部の小さな国・地域は地図上の3カ所の円内にあります)
上記日時現在の「流行地」を示しており、過去の流行発生地は含まれていない。またCDCは、ジカウイルスは現在も拡散を続けており、今後どのような広がり方をするか見極めることは難しいとしている(一部の小さな国・地域は地図上の3カ所の円内にあります)

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 当コラムの「『世界一恐ろしい生物=蚊』の実態を知る」シリーズは、全7回で一度完結しています。しかし、アウトブレイク(限定された範囲内での感染の大流行)が報告されたジカ熱も後述の通り、蚊が媒介する感染症です。今回、緊急企画として「蚊シリーズ」を再開し、2回にわたってジカ熱を解説します。

60年以上前アフリカで初確認 日本人旅行者の感染報告も

 このジカ熱、日本では多くの方が初めて聞いた病名だと思います。しかし突如現れた感染症ではなく、以前から感染症の専門家の間では世界的に注目されていました。15年5月7日、WHOのアメリカ地域事務局である汎米保健機関(PAHO)は、ジカウイルス感染症に対する注意喚起情報を発表しています(注2)。このときは、まだ死亡例は出ておらず、熱帯の各地で感染の報告が増加していることを受けての注意喚起でした。さらにさかのぼると、07年にはミクロネシア連邦で、13年にはフランス領ポリネシアで流行がおこり、14年にはニューカレドニアとクック諸島、さらにチリのイースター島での報告がありました。これらの地域は日本人が気軽に旅行するところではないかもしれませんが、14年にはリゾート地として人気のタイ・サムイ島から帰国した日本人の感染が報告されています。

蚊が媒介 治療法・ワクチンなし 重大な合併症の可能性

 ここで、ジカウイルス感染症とはどのような疾患なのか、ポイントを述べます。

○「蚊シリーズ」で紹介してきたデング熱チクングニア熱と同じく、蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)がウイルスを媒介します。つまり、ウイルスを持っている蚊に刺されると感染します。

○ヒトへの感染が初めて報告されたのは1952年、アフリカのウガンダとタンザニアです。興味深いことに、第15回「アフリカ生まれの新しい感染症、チクングニアにご用心」で取り上げた通り、チクングニア熱のヒトへの感染の報告も1952年です。

○蚊に刺されてから発症するまでの潜伏期間は数日とされていますが、はっきりとは分かっていません。

○症状は、発熱、皮疹、関節痛、筋肉痛などで、この点もデング熱やチクングニア熱と似ています。ジカ熱の場合は結膜炎が多数の症例で認められます。こういった症状が2〜7日続きます(重症例については後述します)。

○感染してもまったく症状のでない、いわゆる「不顕性感染」が約80%とされています(注3)。

○治療法もワクチンもありません。この点もデング熱やチクングニア熱と同じです(ただし、デング熱のワクチンは最近いくつかの国で承認されました)。

○これまで感染報告があるのは、アフリカ、中南米、アジア・太平洋地区です。

 さて、ここまではデング熱やチクングニア熱とほぼ同じと考えて差し支えありません。今述べたことだけで済むのであれば、おそらくWHOは緊急事態宣言を出さなかったと思われます。しかし問題はここからです。現時点では正確に解明されていませんが、ジカウイルスには重大な合併症をきたす可能性が指摘されています。ひとつはギラン・バレー症候群、もうひとつは新生児の小頭症です。(後編に続く)

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注1:WHOの緊急事態宣言「WHO Director-General summarizes the outcome of the Emergency Committee regarding clusters of microcephaly and Guillain-Barré syndrome」はここで読むことができます。

注2:PAHOの注意喚起情報はここで読むことができます。

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。