実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

〈緊急企画〉ジカ熱拡大【後編】感染防止のカギと合併症

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【9】

 中南米を中心に感染が拡大し、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したジカウイルス感染症。その症状、感染経路、感染報告エリアなどは、デング熱やチクングニア熱とほぼ同じです。しかし、ジカウイルスにはほかにない大きな問題の存在が指摘されています。それが、二つの重大な合併症をきたす可能性。一つはギラン・バレー症候群、もう一つは新生児の小頭症です。

「予後良好」だが時に重症化 ギラン・バレー症候群

 ギラン・バレー症候群という病名、なじみがないかもしれませんが、2009年に亡くなった女優の大原麗子さんが長年患っていた病気、といえば思い出す人もいるのではないでしょうか。大原さんは自宅で孤独死しているのが、実弟らによって発見されたと報道されており、直接の死因は不明ですが、亡くなるまでの約10年間、この病気に苦しめられていたそうです。

 ギラン・バレー症候群は、全身の神経が障害され、手足が自由に動かなくなり、重症化すると呼吸もできなくなって人工呼吸器が必要になります。一方、自然回復することがあり、人工呼吸器が必要な状態にまで進行してからでも、後遺症もなく完治することもあります。したがって教科書には「予後良好」と書かれています。しかし、大原さんのように、長年の神経症状に苦しめられることもありますし、死亡例もあります。

 そして、この病気は感染症が発症の原因とされています。食中毒を起こす一般的な細菌であるカンピロバクターの感染が契機となる例が最も有名ですが、他に、サイトメガロウイルス、EBウイルス、HIV(ヒト免疫不全ウイルス=エイズウイルス)などのウイルス感染症、肺炎を起こす細菌、マイコプラズマの感染でも生じます。これらの病原体が直接神経を障害するのではありません。ウイルスや細菌などの病原体に対する、体の免疫応答の異常で生じるのです。つまり体に侵入した病原体に反応して体内で作られる「抗体」が、異常な働き方をして自分自身の神経を傷つけてしまうのです。そして、ジカウイルスもギラン・バレー症候群の原因となることが現在指摘されているのです。

小頭症 妊婦のリオ五輪渡航は要注意

 小頭症とは、生まれてくる赤ちゃんの頭が小さくなる病気で、成長障害や知能低下をきたすことがありますし、死産や新生児のときに死亡することもあります。したがって、妊婦さんがジカウイルスに感染すると大変なことになります。ブラジルでは、16年1月17日現在、46人の死亡者を含む3,530人の小頭症患者が報告されています(注1)。

ジカウイルスの電子顕微鏡写真=CDCウェブサイトより
ジカウイルスの電子顕微鏡写真=CDCウェブサイトより

 現在ジカ熱が最も流行しているのはブラジルです。ブラジルといえば今年(16年)はリオデジャネイロ五輪があります。観戦のための渡航を計画している人もいるでしょうが、当然、今後のジカ熱流行に注意せねばなりません。特に妊娠の可能性がある女性は十分な注意が必要ですし、場合によっては渡航をあきらめることも選択肢に入れねばならないでしょう。リオデジャネイロ五輪組織委員会は2月2日、記者会見で「五輪開催には影響しない」との考えを表明しました。たしかに南米は、オリンピックの開催される8月は冬で気温が下がり、蚊の繁殖が少なくなるシーズンです。しかし楽観はできません。

新たに生じた感染経路 「性感染」のリスク

 もうひとつ、ジカウイルスではやっかいな問題が生じています。それは「性感染」が確認されたことです。リオ五輪組織委の会見と同じ日、米国テキサス州の保健当局が同州で性感染によるジカウイルス感染を確認したと発表しました(注2)。報道によりますと、ジカウイルスに感染した人(報道からは性別不明)は、ベネズエラに旅行した人(やはり性別不明)から性交渉を介して感染したとされています。米疾病対策センター(CDC)は2月5日時点ではまだ本格的な調査は開始していないものの、州当局の報告を受け、ジカウイルス感染症の流行地域へ渡航した後はコンドームを用いること、妊娠している女性はジカウイルスに感染しているかもしれない男性の精液に触れないようにすることを勧告しています。

 さて、我々日本人はどのようなことに気をつければいいのでしょうか。ひとつは流行している地域に安易に渡航しないことです。しかし出張、留学、ボランティアなどで行かなければならない人も少なくないでしょうし、リオ五輪を楽しみにして、チケットを手配した、という人も多いでしょう。また、2次感染としての性感染にも注意しなければなりませんが、たとえば知り合って間もない相手に「最近ジカ熱が流行している南米やアフリカに行きませんでしたか」と聞くわけにはいかないこともあるでしょうし、これは一歩間違えると、偏見や差別を生みかねません。

「蚊に刺されない」が最大の予防策

 ジカウイルスには(マラリアのような)予防薬もなければワクチンも存在しません。おまけに治療薬もありません。蚊に刺されないようにすることが(性感染を除けば)唯一の対策なのです。

 しかし、これは一般に考えられているよりずっと困難なことです。詳しくは「蚊シリーズ」の連載第1617回「蚊対策 四つの『決め手』」前・後編で解説しましたが、私が患者さんを診ていていつも思う最も重要なポイントを、ここで繰り返しておきたいと思います。

 それは、ネッタイシマカやヒトスジシマカは夜間ではなく日中に活動するため、被害者の多くは半袖や短パンで繁華街を歩いているとき、あるいはプールサイドで寝そべっているときに刺されているという事実です。

 前回、冒頭で紹介した新婚旅行で南米に渡航する患者さん2人のうち1人は、渡航先はボリビアだと言っていました。ウユニ塩湖が大人気の国です。診察室で聞いた記憶が正しければ、その新婚カップルは2月6、7日の週末にアメリカからボリビアに入国したはずです。私がこれを書いているのは2月4日。同日、外務省はボリビア全域をジカ熱が流行しているという理由で感染症危険情報の「レベル1(十分注意)」カテゴリーとしました。

 蚊は世界一恐ろしい生物。ジカ熱のアウトブレイクが我々にそれを再認識させているようです。

   ×   ×   ×

注1:汎米保健機関(PAHO=WHOのアメリカ地域事務局)のレポートはここで読めます。

注2:ロイター通信の記事がここで読めます。

ジカ熱・前編はこちら

「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知るシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。