実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

あなたはワクチンをどのように理解していますか?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷

理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【1】

 あらゆる医療行為のなかでワクチンほど物議を醸すものはないのでは……。これは私が臨床現場で日々感じていることです。がんにどのような治療をすべきか、糖尿病への糖質制限は是か非か、サプリメントの効用をどう考えるか、などよく議論になるテーマはほかにもあります。しかし、これらは「今ある病気に対する治療のリスクとベネフィット」あるいは「大きな副作用のない予防医学」などに関するものです。

インフルエンザワクチンを注射する医師=福岡市中央区で2016年1月7日、和田大典撮影
インフルエンザワクチンを注射する医師=福岡市中央区で2016年1月7日、和田大典撮影

 しかし、ワクチンに関しては根本的に違う側面があります。元々、病気がなくて元気な人に接種するものであり、その感染症にかからなかったとしても、ワクチンを接種したからかからなかったのか、ワクチンに関係なく感染しなかったのかを判別することができません。つまり、個人レベルで見ると、接種したワクチンに効果があったのかどうかが分からないのです。しかも、「インフルエンザワクチンは必要?不要?」の回でお伝えした通り、インフルエンザウイルスのワクチンのように接種しても感染を完全に防げないものがあります。それだけではありません。ワクチン接種によって元気だった人(特に子供)が、副作用に苦しんだり、障害を抱えるようになったり、あるいは死亡したり、という可能性もあるわけです。

リスクがあるワクチン、本当にうたないといけない?

 こう言われると、「ワクチンって本当にうたないといけないの? 副作用で障害を残す可能性があるものを健康な人の体に入れるっておかしくない?」と考えたくなります。そして、今この議論が最も活発に交わされているのがHPV(ヒトパピローマウイルス)のワクチンです。

 HPVって何?と思った人も「子宮頸(けい)がんのワクチン」と言われれば聞いたことがあるはずです。現在HPVワクチンについては「推進派」と「反対派」で激しい論争が続いています。このコラムでは追ってこれらを解説し、HPVワクチンの「重要なのにほとんど議論されていないこと」を述べたいと考えています。ですが話を分かりやすくするため、順番としてはまずワクチンの全体像を解説し、ついで麻疹(はしか)、風疹、ムンプス(おたふく風邪)、水痘(みずぼうそう)の例を挙げ、最後にHPVに話を進めます。

 しかし、シリーズ初回のこの時点で、一つだけHPVワクチンについて指摘しておきたいと思います。それは、ほとんどの女子生徒とその父母はHPVワクチンに対する理解が不十分、ということです。私は生徒や父母を非難しているわけではありません。私が問題だと考えるのは、十分な理解をさせていない行政や教育者、一部の医療者やマスコミです。なかには「きちんと説明している」と言う人もいるかもしれませんが、世間で「HPVワクチン」ではなく「子宮頸がんのワクチン」という言葉の方が通っていること自体が、理解が不十分であることを物語っています。

「ワクチンはうたない」は理解不足の証拠

 ワクチンについて最も大切なことは「理解してから接種する」ということです。というより、これにつきます。逆に言えば「理解するまでは接種すべきでない」とも言えます。感染症の基本は「知識で防ぐ」であることを私はこれまでも言い続けてきました。そしてワクチンに関しては接種の前に知識が必須なのです。

 よく「ワクチンは一切うちません」という人がいますが、こういうセリフ自体、ワクチンについて理解できていないことを露呈しているようなものです。例をあげましょう。

ワクチン接種を受ける子ども=東京都板橋区で2013年11月12日、江口一撮影
ワクチン接種を受ける子ども=東京都板橋区で2013年11月12日、江口一撮影

 この連載で以前述べたようにB型肝炎ウイルス(以下HBV)は、「死に至る病」でありながらささいなスキンシップで感染しうる重要な感染症です。海外ではすべての新生児に最初に接種するワクチンです。つまり最も重要で最も安全なワクチンと言えます。新生児のときに全員が接種していれば、第5回で紹介した保育所で25人が集団感染したような事故は防げたのです。

 HBVは唾液や汗からも感染することがあります。もしもHBVワクチンに反対という人がいれば、自分の子供や孫が医師や看護師になることを考えてみてください。ワクチンがなかったころには、医療行為でHBVに感染し、命を亡くした医師や看護師が大勢いたのです。それでも、自分の子供や孫にはうたせない、と言えるでしょうか。

 第28回で述べたように、インドで犬にかまれても、狂犬病ワクチンの接種を拒む人がいたとすればお目にかかりたいものです。狂犬病は発症すれば100%死亡しますが、かまれた後速やかにワクチンを接種すればほぼ助かりますから。

 黄熱という病は、野口英世を死に至らしめた感染症で、現在もアフリカや中南米で猛威を振るっています。国によっては、外国人はワクチンを接種していないと入国できません。それらの国に出張を命じられたときは、いやが応でも接種しなければいけないのです。ワクチンをうちたくないという理由であなたは海外出張を拒むでしょうか。

 次回は「接種する必要のないワクチン」の話から始めます。

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。