実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「うたねばならない」と同時に「うつ必要がない」も知っておく

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【2】

 「ワクチンは理解してから接種する」。これがこの「ワクチンシリーズ」で最も強調したいことです。そして、正確な理解をせずに「ワクチンは一切うたない」と考えることがいかにナンセンスか、を前回、「うたなければならないワクチン」の例を紹介しながら説明しました。

何でもうちたい“ワクチンマニア”もいるけれど……

 今回は逆に「うつ必要のないワクチン」について述べましょう。最もわかりやすいのは海外に行く予定のない人にとっての、狂犬病ワクチンです。世の中には、すべてのワクチンをうちたくない、という人がいる一方で、うてるものは何でもうっておきたい、という“ワクチンマニア”のような人もいます。興味深いことに、「何でもうっておきたい」人にもいろんなタイプがあり、まるで何かのコレクションをしているような感覚の人もいれば、感染症に異常なほどの恐怖感を抱いている人もいます。

狂犬病の予防注射を受ける犬=東京都内の動物病院で2015年5月29日、池乗有衣撮影
狂犬病の予防注射を受ける犬=東京都内の動物病院で2015年5月29日、池乗有衣撮影

 狂犬病ワクチンの接種を希望する人は少なくないのですが、海外渡航の予定がない人は接種すべきではありません。このワクチンはかなり安全ですが、副作用はゼロではありませんし、価格も安くありません。また供給量が極めて少ないため、希望者全員にうてないのが現状です。そのため太融寺町谷口医院では、社会的に必要度の高い方のみに接種しています。仕事や留学、ボランティアの場合には優先して接種しますが、単なる観光やバックパッカーの場合はお断りすることもあります(ただ、最も感染リスクが高いのは観光客が行かないところを好んで訪れるバックパッカーなのですが……)。

「日本」の名を冠する恐ろしい感染症には

 日本に来た外国人からよく尋ねられるのが日本脳炎です。これも「死に至る病」ですから、外国人からすると「日本」と名の付いた恐怖の感染症をワクチンで防ぎたいと考えるのは当然でしょう。そして日本脳炎ウイルスのワクチンは、国によっては入手が困難で、来日してからうつことを考えている人もいます。日本脳炎ウイルスは感染の可能性があるならワクチン接種すべきですが、実際には、私は来日した外国人に接種をすすめたことは一度もありません。

東京都内での日本脳炎流行を受け、行われた公共施設の消毒=1954(昭和29)年8月4日
東京都内での日本脳炎流行を受け、行われた公共施設の消毒=1954(昭和29)年8月4日

 なぜなら、日本脳炎は蚊(コガタアカイエカ)を介して人に感染しますが、これは人から人ではなく、豚→蚊→人が感染ルートだからです。つまり豚がいるところを訪問する予定がないのであれば、ワクチンを接種する必要がないのです。日本脳炎は比較的安全なワクチンですが、2004年には山梨県の14歳の女子が接種後にADEM(急性散在性脳脊髄〈せきずい〉炎)と呼ばれる意識障害が表れたり、手足がまひしたりする病気を発症しています。その後ワクチンの品質改良がおこなわれましたが、今後もこういった副作用が完全におこらないとは断言できません。

ワクチンをうつか? 生ガキに注意するか?

 A型肝炎ウイルス(以下HAV)はどうでしょうか。HAVは主に食べ物から感染し、東南アジアの屋台でご飯を食べる、という人は接種しておくべきです。感染して発症すると1カ月程度は入院することになりますし、劇症肝炎を起こすと命に関わることもあります。日本でも生ガキを食べれば感染することがあります。

 では、海外渡航の予定はないけれど、生ガキを食べたいからワクチンをうつという考えはどうでしょうか。意見が分かれるかもしれませんが、私個人の考えは「ワクチン接種するのではなく生ガキに注意する」がいいと思います。生ガキにはHAV以外にもノロウイルスのリスクもあります(「ノロウイルスのリスクは背負います。どうしても生ガキが食べたいのでHAVのワクチンをうってください」と言われれば、どうすればいいのか私には分かりません……)。

 HAVは経口感染以外に、他人の肛門からの感染も起こります。要するに「性感染症」の一つとも言えるのです。これについても「ワクチン接種するのではなく肛門からの感染に気をつける」がいいと思いますが、性の問題は非常に複雑ですから「肛門の愛撫はどうしても避けられません」と言われれば、尊重すべきかもしれません……(HAVは大切な感染症なので、回を改めて取り上げます)。

私がうった/うっていないワクチン一覧

 ここで成人になってから私が接種したワクチンを紹介しておきましょう。HBVは3回接種して抗体が陽性であることを確認しています、インフルエンザは毎年接種しています。HAV、破傷風も医師になってから接種しました。狂犬病ワクチンも3回接種が済んでいます。日本脳炎は抗体が陰性でしたから数年前に接種しました(私はタイのエイズ患者の支援活動をしている関係で、豚を飼育しているタイの農村地区をしばしば訪れます)。また、HPVワクチンも接種しています。麻疹(はしか)、風疹、水痘(みずぼうそう)、ムンプス(おたふく風邪)は抗体検査をしてみるとすべて陽性でしたが、水痘に関しては最近追加接種しました。日本で男性には承認されていないHPVワクチンを接種している理由、水痘を追加接種した理由は、このシリーズの中で詳しく述べます。

 逆に接種していないワクチンは、ロタウイルス、Hib(インフルエンザ桿菌〈かんきん〉=インフルエンザウイルスとは別のもの)、髄膜炎菌、ジフテリア、百日ぜき、肺炎球菌です。接種していない主な理由は、これらは健康な成人が感染しても重症化しないからです。

 今後接種する予定のワクチンは、もしも南アジアに長期間滞在することになれば、腸チフスのワクチンを接種します。しかしこのワクチンは現在日本では承認されていませんから、現地の医療機関で接種することになります。重症化しないと書いた髄膜炎菌も、流行地(アフリカの一部やサウジアラビア)に渡航することがあれば接種するでしょう。また、デング熱のワクチンが2015年末ごろから一部の国で承認されているので、それらの国に長期滞在するときは検討すると思います。

 ワクチンは、理解してから接種する、が原則です。そして「理解」は正しい知識の収集から始めなければなりません。しかし、その「知識」が悪意ある虚偽であった場合はどうなるのでしょう。次回は麻疹(はしか)ワクチンに関する歴史的な「論文捏造(ねつぞう)事件」を紹介し、知識とその根拠となる情報の大切さについて説明します。

ワクチンシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト