実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

SSPE 恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する--「ワクチン」の本当の意味と効果【4】

 小学校のときは成績優秀で活発だった自慢の娘が、中学1年の夏休みが終わったころから殻に閉じこもるようになり、成績が下がってきた……。そんな時、あなたが親だったらどのようなことを考えるでしょうか? 戸惑っているうちに、性格が変わり、集中力が低下し、親であるあなたの言うことを聞かなくなったとすればどうでしょう。思春期だから仕方がないか……と半ば諦めていると、尿失禁を起こし、さらにはけいれん発作まで……。ここまでくると何らかの病気があるのは明らかでしょう。

数年~十数年かけ、子供の命を奪うSSPE

麻疹ウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター(CDC)ライブラリーより
麻疹ウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター(CDC)ライブラリーより

 このような症状の子供がいれば、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を一度は疑わなくてはいけません。SSPEという病気は確かに有名ではありません。しかし、この病気の原因となる病原体は誰もが知っているものです。麻疹(はしか)ウイルスです。

 けいれん発作を起こした娘は、そのうち口がきけなくなり、起き上がれなくなります。もちろん学校には行けません。知能も低下し、コミュニケーションを取ることすら困難になります。やがて体が硬直し寝たきりになります。そして数年から十数年の経過を経た後に死に至ります。

 発症してから数年から十数年というこの期間、つらいのは本人だけではありません。SSPEを発症した子供をもつ家族の苦しみは並大抵のものではありません。SSPEを患っていても、なんとかして外で遊ばせてあげたい。短い残りの人生で少しでも感動を与えてあげたい。そういう思いは同じ苦しみをもつ他の家族とのつながりを生み、家族会が誕生しました。それが「SSPE青空の会」です。

「SSPE青空の会」が発信するメッセージ

 SSPEの効果的な治療法はありません。多少進行を抑えることのできる薬はありますが「よく効く」とは言えません。しかし、ほぼ完璧に予防する方法はあります。それは「ワクチンをうつ」ということです。実際、SSPE青空の会のウェブサイトのトップページには次のように書かれています。

   ◇   ◇   ◇

 (前略)一般の方には、この病気が「はしか」という幼児期にかかる病気によって引き起こされるものであること、予防接種によってその発病率を大幅に下げることができることを理解していただきたいと思います。予防接種に反対する方もおられますが、この様な病気の存在を知った上で議論していただきたいと願っています。

   ◇   ◇   ◇

 SSPEの子供を持つ親御さんが、ワクチンに反対していたために、子供に接種させなかったのかどうかは分かりません。しかし、この文面から「ワクチンを接種してさえいれば……」という無念の思いが読み取れるような気がします。

ワクチンさえうてば防げる病気

「SSPE青空の会」ウェブサイトのトップページ。SSPEが「予防接種によってその発病率を大幅に下げることができる」というメッセージが掲載されている
「SSPE青空の会」ウェブサイトのトップページ。SSPEが「予防接種によってその発病率を大幅に下げることができる」というメッセージが掲載されている

 と、えらそうなことを書いていますが、私がこのSSPEという病気のことを知ったのは医学部に入ってからです。私は社会人経験を経て医学受験をしていて、入学は27歳のとき。SSPEについて学んだのは3年生のときのウイルス学の授業でしたから、当時29歳です。同世代の友人のなかには子供がいる者も大勢いました。何人かに聞いてみたところSSPEを知っている者は皆無でした。

 幸いなことに、私の友人のなかには「ワクチン反対派」はいなかったために、全員が少なくとも定期接種はおこなっており、問題は起きていませんでした。もしもワクチンに否定的な者がいれば、私はSSPEについて教えるつもりでいました。

 友人にワクチン反対派がいれば、私はとことん説得するつもりでいましたが、すべての医師や医学生が私のような「おせっかい」とは限りませんし、すべての日本人が友達に医師や医学生がいるわけではありません。では、行政が積極的にSSPEのことを子供を持った人に伝えた上で定期予防接種の案内をしているのかと言えば、そういうわけでもありません。すると、そういう医学的な情報の説明は小児科医の責任ではないのか、という声も聞こえてきそうですが、患者さんに追われる忙しい外来診療のなかですべての人にSSPEの説明をすることなど到底できません。ちなみに、私が小児科で研修を受けていた頃、親御さんにSSPEの説明をしたことは一度もありません(自慢するようなことではなく、むしろ恥ずべきことなのですが……)。

 SSPEは子供の病気であり、成人になって発症することはありません。では成人は麻疹の予防接種をしなくていいのでしょうか。これは最終的には自己判断になりますが、安易に判断する前に、成人が発症する麻疹についても知っておく必要があります。

「はしかにでもかかったようなもの……」と言えるのか

 成人の麻疹は、一言で言えばとても重症化します。死亡することもあります。数年前から風疹が流行し、妊娠中に風疹ウイルスに感染すれば先天性風疹症候群という奇形を伴う赤ちゃんが生まれる可能性があることが周知されました。結果、妊娠前に風疹ワクチンの接種を希望する女性が増えました。これはいいことなのですが、麻疹にも注意を払うべきです。風疹のような母子感染はありませんが、妊娠中に麻疹に感染すれば、高熱で胎児の生存が危うくなります。もちろん母体も危険です。

 はしかにでもかかったようなもの……。この慣用句、どう思いますか?

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注1:「SSPE青空の会」のホームページはこちらです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。