
理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【5】
現在、妊娠を希望する女性に対し、風疹ワクチンの助成をしている自治体がたくさんあります。たとえば太融寺町谷口医院がある大阪市では、妊娠を希望する女性とその配偶者、そして妊婦の配偶者であれば、風疹ワクチンを接種した際、6295円の助成金がもらえます。2015年度接種分の助成申請は、このコラムが掲載される翌日(16年4月11日)が締め切りですが、16年度分も同様の内容で実施されるとのことです。実際に医療機関で必要になるワクチン代はこの助成金よりほんの少し高いくらいですから、大阪市にしては(失礼!)随分と市民に優しい政策です。
この助成は自治体によっては実施していないところもありますし、実施していても内容が異なります。大阪市の政策がいい点は、年齢制限がないこと、配偶者も接種できること、麻疹風疹混合ワクチンも接種できてこの場合9990円の助成が受けられること、しかも麻疹の抗体は調べなくてもいいこと−−などです。逆によくないところは、「配偶者」は接種できても「事実婚」ではできないこと、(後半述べるように)無料抗体検査の制度が充実していないこと、などです。
風疹が急に注目を集め始めた理由
つい数年前までは風疹はまったくといっていいほど注目されていない感染症でした。すでに定期接種に入っており、親が「ワクチン反対派」でない限りは、ほとんどの小児が接種していますから、通常は感染しない(と考えられていた)ものであり、仮にワクチン接種しておらず、感染してしまったとしても通常は何もせずとも治癒します。前回までに「はしかにでもかかったもの」という慣用句に私は異議を唱えましたが、「風疹にでもかかったもの」だったとしたら、ここまで強く反対しないと思います。最近はあまり聞かなくなりましたが風疹の別名は「三日ばしか」。つまり3日で治る「はしかの軽症版」と考えられていたのです。

その風疹が注目されだした理由は二つあります。一つは突如として感染者が増え出したことです。国立感染症研究所の報告によると、風疹の全国での届け出数は2010年が87例、2011年は378例、2012年に一気に2386例に増えます。そして注目され始めたもう一つの理由は「先天性風疹症候群」という、風疹にかかった妊婦さんから生まれてくる赤ちゃんに生じる病気の報告が相次いだことです。全国の自治体が妊娠予定の女性にワクチンの助成を行い始めたのはこのような経緯があるからです。
大勢の子供がワクチン接種しているのになぜはやる?
風疹がはやりだしたのは、主に東南アジアでの流行が日本にもたらされたという説が有力ですが、この説明だけでは疑問が残ります。なぜ大勢の子供がワクチンをうっている日本ではやるのでしょうか。しかも近年の日本での感染者の多くは20代、30代の若者です。風疹ワクチンがまだ普及していなかった現在40代後半以降の世代ではそう多くないのです。これはなぜなのでしょうか。
ワクチンにはいくつかの種類があります。最も強力なワクチンは「生ワクチン」と呼ばれるもので、これは病原体そのものを弱毒化したものを用います。つまり、弱った病原体を体に注入し、免疫系を働かせて抗体をつくらせるのです。弱らせているとはいえ病原体そのものを体に入れるわけですから、免疫系は“本気”になって「抗体」をつくります。力強い抗体が形成されるために生ワクチンは1度接種すると生涯有効と考えられていました。「いました」と過去形なのは、現在はこの考えが正しくないことが分かっているからです。なお、弱毒化させているとはいえ病原体そのものを入れるわけですから、免疫系がもしも負けてしまうようなことがあればその病気にかかったのと同じような症状が出現します。これが生ワクチンで最も恐れられている副作用です。
風疹患者の減少が「ワクチンは生涯有効」の常識を覆した

風疹ワクチンは生ワクチンです。ですから1度うてば生涯有効のはずでした。実際、昔はそうだったのです。では、なぜ昔は1度でよかったのに今はダメなのでしょうか。それは、昔はワクチン普及率がさほど高くなく、子供の間では珍しい病気ではなかったからです。ワクチン接種して抗体ができても、長い間病原体にさらされなければ抗体は「仕事」がなく、やがて消えてしまうのです。周囲に風疹の感染者がたくさんいれば、頻繁に風疹ウイルスにさらされることになり、「抗体」がパワーアップしていきます(これを「ブースター効果」と呼びます)。しかし普及率の上昇とともに、風疹ウイルスにさらされることが激減し、結果仕事のない風疹ウイルスの抗体が消えてしまったというわけです(この一連の話は重要なので後の回でもう一度取り上げます)。
ワクチンを子供のころに接種していて成人になってからも高い抗体価を維持していれば追加接種は必要ありません。行政の予算は有限ですから、風疹ワクチンの助成を受ける対象者を絞り込まねばなりません。そこで、大阪市を含むほとんどの自治体は、助成を希望するなら「抗体価が低いこと」つまり体内で風疹ウイルスの抗体が十分機能していない、ということを証明しなさい、という条件をつけています。ここで抗体価を測る抗体検査も無料でやってくれれば「さすが大阪市長!」となるわけで、実際大阪市では無料検査が実施されています。しかし、その実態は、限られた場所のみでおこなわれ、予約制(つまり人数制限がある)であり、しかも結果が出るまでに2〜3週間も待たされるという「悪条件」であり、市民からは人気がありません。結局ほとんどの人は医療機関で有料の検査を受けています。医療機関なら2〜3日で結果がでます。
太融寺町谷口医院では抗体検査希望者に必ず「過去にワクチンをうちましたか」と尋ねています。多くの人が「うちました」と答えますが、現在20代後半から30代前半くらいの人だと2〜3割しか抗体がありません。先に述べたようにワクチン接種後にウイルスにさらされることなく過ごしてきたことが主な原因です。
「過去にワクチンをうちましたか」と尋ねると、「うっていませんが感染しました」と答える人も少なからずいます。通常風疹は1回のワクチン接種であれば、今述べたように抗体価が下がってしまうことがありますが、実際に感染したとなるとワクチンよりもはるかに強力な免疫がつきますから、成人になってから検査をしても抗体は維持されているはずです。
ところがそうならないケースが少なからずあるのです。12年以降、抗体検査をおこなうことが増え、このような症例を見るにつれ私の疑問は膨らんでいきました。そして私はある「仮説」を思いつきました。(次回に続く)
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。