実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

おたふくかぜのワクチン、本当に不要?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【7】

 「おたふくかぜの抗体検査をしてください……」

 先日、ぜんそくやアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患で通院されている30代の女性の患者さん(Mさんとします)から、突然そのようなことを言われて驚きました。若い女性の場合、風疹ワクチンは妊娠前に接種しておくべきことがかなり周知されてきており、また抗体が陰性であれば行政の助成があることから、風疹の抗体検査の依頼は毎日のようにあります。しかし、おたふくかぜは珍しい……。

2011年夏以来4年半ぶりとなる、おたふくかぜ流行の兆しを報じる2016年1月25日の毎日新聞夕刊紙面
2011年夏以来4年半ぶりとなる、おたふくかぜ流行の兆しを報じる2016年1月25日の毎日新聞夕刊紙面

 もしかして、私が連載している「医療プレミア」の麻疹(はしか)か風疹のコラムを見て、「その先を読んで」おたふくかぜの抗体検査を希望しているのか、と一瞬思ったのですが、Mさんの依頼を受けた時点では、麻疹や風疹の回はまだ公開されていません(後で聞いたのですが、そもそもMさんは長いこと通院しているのに「医療プレミア」に私が執筆していること自体を知らなかったそうです……)。

 Mさん本人に尋ねてみると、おたふくかぜを気にし始めたのは、現在4年半ぶりに流行しているという情報をネットニュースで見たからだそうです。「小さい頃におたふくかぜにかかったことがあると思うけど定かではない」とのことでした。

あなたがかかったのは「おたふくかぜ」だったのか?

 前回述べたように、風疹については過去に感染していると思っていても、それが「誤診」だったということはしばしばあります。おたふくかぜ(「流行性耳下腺炎」とも言います)の場合も、風疹に比べれば頻度は低いでしょうが、同様の「誤診」はあると思います。症例によっては、細菌性の耳下腺炎や、唾液腺の閉塞(へいそく)による炎症などと鑑別がつかないことがあります。また風疹と同様、現在であれば精度の高い血液検査がありますが、過去にはそれほど普及していませんでした。つまり、おたふくかぜにも「誤診」は起こりえたし、起こりうるのです。

 おたふくかぜは、英語ではムンプスと言い、その病原体はムンプスウイルスです。Mさんのムンプスウイルス抗体は「陰性」。「かかったことがある」というのは、当時の医師の「誤診」か、Mさん(のご両親)の勘違い、ということになります。

「ワクチンをうとう」30代女性のMさんが決めた理由は?

ムンプスウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより
ムンプスウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより

 Mさんは、抗体検査を受ける前から「抗体陰性であればワクチンをうとう」と決めていました。「だって大人がおたふくかぜに感染すれば卵巣炎を起こして不妊になるんでしょ」とMさんは言います。たしかに成人がムンプスウイルスに感染した場合、男性であれば精巣炎、女性であれば卵巣炎を起こすことがあります。ただし、精巣も卵巣も左右に一つずつあり、両側に感染する可能性はそう高くありませんから、ムンプス卵巣炎=不妊、というわけではありません。

 しかし30代半ばのMさんが不妊のリスクを少しでも減らしたい、と考えるのは当然でしょう。また妊娠中にムンプスに感染すると流産のリスクが上がります。ワクチンシリーズの4回目で、妊娠中に麻疹にかかると重症化し、胎児の生存が危うくなるため、風疹だけでなく麻疹のワクチンも妊娠前に接種すべきだ、と述べました。そして、同じことがムンプスにも言えます。さらに次回述べるように、妊娠中に水痘(水ぼうそう)に感染すると、妊婦さん自身が「その後の人生を変えてしまうかもしれない後遺症」に苦しめられることもあります。妊娠前は風疹ワクチンと同時に麻疹、ムンプス、水痘ワクチンも考慮すべきです。この点でMさんの考えは合理的です。

MMRワクチンがMRワクチンになってしまった理由

 日本では、ワクチンシリーズ3回目でも少し触れたように、1988年から93年までは「MMRワクチン」という麻疹、ムンプス、風疹の三つが一緒になったワクチンが定期接種されていました(MMRとは麻疹=measles、ムンプス=mumps、風疹=rubellaの頭文字です)。しかし、副作用の発生率が高いことが分かり、中止となりました。この「副作用」というのがムンプスワクチンによって起きる「無菌性髄膜炎」です。これは、風邪シリーズの5回目で触れた髄膜炎菌による細菌性髄膜炎とは異なり、ほとんどが軽症です。しかし、当時の厚生省は中止の判断を下し、94年からはMMRのM(ムンプス)を一つ取り除いたMRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)は定期接種のままとし、ムンプスワクチンは任意接種に“格下げ”しました。

 この判断に対して反対意見は少なくありません。ムンプスワクチンを製造している北里第一三共ワクチンのウェブサイトによると、ムンプスワクチンを接種したことが原因で起こる無菌性髄膜炎は2000〜3000人に1例の割合です。一方、ワクチンを接種せず、ムンプスに自然感染し、合併症として無菌性髄膜炎が起きる確率は1〜10%に達します。そもそも世界ではMMRワクチンが一般的であり、海外からは日本の対応は“過剰”と思われています。

ワクチンをうつ/うたない そのリスクの差を知って判断を

 もう一つ、ムンプスを考えるときに忘れてはならないのが「難聴」です。ムンプスの合併症として起きる難聴は極めて難治性で、治ることはまずありません。そして頻度も小さくなく、前述のサイトによれば4%に生じます。片側の耳だけに生じるならまだいいかもしれませんが(それでも小児期に難聴を抱えて暮らすのはかなりつらいものです)、両方の耳に起こることもあります。教科書では、ムンプス感染による両側性の難聴は「まれ」とされていますが、国立感染症研究所のレポートには、「全ムンプス難聴症例の14.5%とする報告例もある」との記載があります。これは「まれ」と呼べるレベルではありません。ワクチンを接種することにより、この難聴のリスクが大きく軽減できるのです。

 2000〜3000人に1人の割合(0.03〜0.05%)で生じうる無菌性髄膜炎のリスクを抱えてワクチンを接種するという選択。1〜10%の確率で無菌性髄膜炎になり、加えて4%の確率で難聴(両側性難聴も決してまれではない)になるリスクを承知してワクチンを接種しないという選択。どちらを選ぶかはあなた次第ということになります。ワクチンは理解してから接種する、が原則です。

ワクチンシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。