実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

感染症は治っても…水ぼうそうがもたらす「あばた」の苦悩

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【8】

 少し前、ある若者に「あばたもエクボ」と言うと、「あばたって何?」と質問されました。最近、ことわざや慣用句が通じずにコミュニケーションがとれないことが増えてきました。これは私が年をとったということなのでしょう。

痘痕=人類が撲滅した感染症「天然痘」の“あと”

 あばたは漢字では「痘痕」と書きます。その正確な意味は天然痘(痘瘡=とうそう)が治った後にできる顔面のくぼみのことです。しかし、天然痘は人類がすでに撲滅に成功した感染症で1980年に世界保健機関(WHO)が根絶宣言をし、その後患者の発生はありません。天然痘を撲滅できたのは世界中で徹底してワクチンを接種したからです。世界で初めて誕生したワクチンも天然痘のワクチンです。過去、天然痘は世界中で猛威をふるい大勢の命を奪いました。歴史上の人物にも天然痘を患った人は多く、日本では、高杉晋作、夏目漱石、緒方洪庵あたりが有名です。ちなみに、医師でもある緒方洪庵は自らが感染した後、日本で天然痘ワクチンを普及させることに尽力しました。

治っても消えない水痘=水ぼうそうのあばた

 話が大きく脱線してしまいました。あばたに戻します。天然痘が存在しない現在でもあばたという言葉が使われるのは、本来の天然痘由来のあばたと同じような顔面のくぼみ(瘢痕=はんこん)ができるからです。多くはニキビが重症化して瘢痕になったものですが、忘れてはならない原因があります。それが水痘(すいとう)=水ぼうそうです。

 水痘は、たとえば麻疹や風疹と比べると比較的軽症のイメージがあり、実際健康な子供が罹患(りかん)しても多くは後遺症もなく治癒します。ただし、白血病など免疫に異常を来す病気がある子供に感染すれば命を奪うことがありますし、腎疾患を持っている子供の場合は特効薬が使えないこともあり重症化することがあります。水痘の特効薬は腎臓に負担がかかるため、腎臓の機能が低下している人には使いにくいのです。

 健康な子供がかかった場合はさほど問題になりませんが、成人が水痘にかかると大変なことになります。健康な成人が水痘で死に至ることはまずありませんが、重大な後遺症が残ります。それがあばたです。特に若い女性の顔があばただらけになるとかなりつらいことになります。外出できなくなる人もいるほどです。このあばたは形成外科や美容外科的な手法で治療できなくはありませんが、完全に元通りになることはありません。

対策は「事前にワクチンをうつ」

水痘(水ぼうそう)など感染症のワクチン接種を受ける赤ちゃん=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより
水痘(水ぼうそう)など感染症のワクチン接種を受ける赤ちゃん=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより

 ではどうすればいいのでしょうか。答えは「事前にワクチンをうっておく」です。水痘ワクチンは非常に優れたワクチンで、現在世界の多くの国々で定期接種がおこなわれています。日本では2014年10月から、とかなり遅かったのですが、定期接種となりました。このワクチンは日本人医師が開発したものです(注)。これだけすぐれたワクチンが、しかも日本人が開発したものが、なぜ長らく定期接種に入れられていなかったのか、私はこのことに今も憤りを感じています(これについては後の回でもう一度取り上げます)。

 読者の方や、その家族、友人の中に「水痘に罹患したことがなく、ワクチン接種もしていない。けどお金もかかるしすぐにワクチンはうてない、という女性」がもしいたら、ぜひ以下の二つのことを覚えておいてください。

患者と接したら緊急のワクチン接種を

 一つは、「水痘を発症している人(子供も含めて)と接したときは直ちにワクチンを接種する」ということです。水痘ワクチンは、感染者に接した直後に接種すれば治療に間に合う可能性があるのです。水痘ウイルスは非常に感染力が強く、空気感染します。空気感染とは「同じ教室にいるだけで感染する」というイメージをもってもらえばいいと思います。若い女性が水痘ウイルスに感染するひとつのパターンは、自分の子供を幼稚園などに迎えに行ったときに、他の園児から感染するというものです。繰り返しますが、成人が水痘を発症するとかなりの確率であばたができ、生涯苦しむことになります。「あばたで引きこもり」となる人もいるのです。

妊娠中は接種できない

 二つ目は、「水痘ワクチンは妊娠中には接種できない」ということです。ワクチン接種をすれば2カ月間は妊娠できません(麻疹、風疹、ムンプス〈おたふく風邪〉と同じです)。もしも妊娠しているかもしれないときに、子供を幼稚園に送迎し、園児のひとりが水痘を発症したことを聞いたら、精神的にかなり不安になるでしょう。生涯あばたに苦しめられるかもしれない恐怖というのは女性にとって大変なものです。そのうちに、その水痘を発症した園児とその母親を恨むことになるかもしれません。

 これまで、妊娠前に接種すべきワクチンは風疹だけでなく、麻疹もムンプスも重要だということを述べてきました。水痘も同様に重要なのです。妊娠中に水痘にかかっても母子感染はありませんが、緊急のワクチン接種ができないためにお母さん自身があばたに苦しむことになります。

 麻疹、風疹、ムンプス、水痘のこの四つのワクチンは、インフルエンザワクチンなどとは異なり妊娠中には接種できません。これら四つのワクチンの特徴はいずれも「生ワクチン」(ワクチンシリーズ第5回参照)です。妊娠する前に、これら四つの感染症の抗体検査をおこない、陰性のものはワクチンをうつ、もしくは検査を省略しワクチン接種をするということを検討すべきなのです。

 次回は、成人の水痘ワクチンが有用であるもう一つの話をしたいと思います。

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注:以下の記事を参照ください。「MMJ編集長のニュースな医学」水痘ワクチン開発した日本人

ワクチンシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト