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帯状疱疹−−水痘ワクチンで防ぐもう一つの病

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【9】

 私が医学部の6回生時代、ある病院で実習を受けていたときの話です。その週は痛みの治療を専門とする「ペインクリニック」の外来実習でした。「実習」といっても、医学生ができるのは患者さんから話を聞くだけですが。

 ペインクリニック外来には大勢の慢性の痛みを持った患者さんが受診します。腰痛、首の痛み、交通事故の後遺症、原因不明の全身の痛み……、といろんな訴えがあるのですが、私がそのとき最も印象に残ったのが「帯状疱疹(ほうしん)後神経痛」でした。

強い痛みが10年以上続くことも……帯状疱疹後神経痛

 帯状疱疹後神経痛は「帯状疱疹」という皮膚の疾患に罹患(りかん)し、その後痛みだけが数年、あるいは十数年にわたり継続する疾患のことを言います。顔面、胸部、腹部などが好発部位で、右か左の半分だけが痛みます。胸の痛みが強すぎて、衣服を着替えるのに数十分もかかる、という患者さんもいました。日常生活が大きく制限されるのです。

典型的な帯状疱疹の症例
典型的な帯状疱疹の症例

 帯状疱疹後神経痛は、帯状疱疹の治療が速やかに行われなかったときに生じやすいとされています。その予防法も、帯状疱疹発症後、直ちに投薬というのが一応の答えです。しかし、実際は帯状疱疹の症状が出現した直後から薬を飲んだのに、痛みが残っているという人もいて、完全に予防することはできません。この状態になれば、まともな生活を送るのは困難です。

水痘ワクチンで予防可能なことが判明

 実は、かなりの確率でこのやっかいな帯状疱疹後神経痛を防ぐ方法があります。それが「水痘ワクチン」です。水痘ワクチンを成人になってから接種しておけば帯状疱疹の発症を予防できることが近年明らかになりました。帯状疱疹を防ぐことができれば当然、その後起こりうる帯状疱疹後神経痛を防ぐこともできるのです。

 ここで帯状疱疹という病気を簡単におさらいしておきます。この病気の原因は水痘ウイルスです。子供の頃に水痘に罹患したとき、治療をすれば(あるいは何もしなくても)水痘は治ります。しかし病原体(水痘ウイルス)は死滅するわけでなく、身体の奥に潜みます。そして、おとなしくしていたはずのこのウイルスが後に「もう一度」活力を取り戻し神経や皮膚に症状をきたすのです。ウイルスが潜む場所は「神経節」といって脳からつながっている神経が左右に分かれる根元の部分です。右か左のどちらかの神経節に潜んでいたウイルスが活性化しますから、帯状疱疹は必ず右か左のどちらかに出現します(注)。

免疫能の低下で、潜んでいた水痘ウイルスが活性化

 さて、おとなしくしていたはずのウイルスが活力を取り戻すのはなぜなのでしょうか。その答えは「宿主の免疫能が低下するから」です。つまり、帯状疱疹はわたしたちの免疫が弱ると、ウイルスを閉じ込めておくパワーがなくなり、ウイルスの活性化を許すことになるのです。帯状疱疹は視診で簡単に診断がつきますから診断に苦労することはあまりありませんが、治療を開始すればそれで終わりではありません。我々医師にはあと二つ、重要な任務が残されています。ひとつは、帯状疱疹後神経痛に移行しないかどうかの確認、もうひとつは「免疫能が低下している理由」の探索です。

 私が医学部の学生の頃、「帯状疱疹は免疫が弱ると起こりやすい。だから高齢者に起こりやすい。しかし最近は若い人にも増えてきている」と習いました。しかし、現在は、ストレスを抱えて生きている人が多いせいか、若い人に「増えてきている」のではなく、若い人にも「当然のように起こる」疾患と言えます。

 ですから若い人の帯状疱疹を診察したときには「最近睡眠不足とかストレスがたまっているとか、そういうことがありますか」と尋ねます。たいていの人は「そうなんですよ。仕事が忙しくて、睡眠不足で……」とこのような話をします。「そうですか、大変ですね……」と返答しますが、ここで終わってはいけません。なぜなら「免疫能が低下する疾患」が潜んでいる可能性があるからです。それを調べなければならない場合があるのです。

2度目の発症なら「なぜ免疫能が低下したのか?」が重要

 先に私は、ウイルスが後に「もう一度」活力を取り戻し、と言いました。「もう一度」活力を取り戻したウイルスのせいで帯状疱疹が発症するのは比較的よくあるのですが、もしもその帯状疱疹が2回目の発症なら、かなりの確率で「何か」が潜んでいます。免疫能を低下させる疾患です。

 日常の診療で遭遇する免疫能を低下させる疾患の代表は、悪性腫瘍、糖尿病、膠原病、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染などです。つまり、2回目の帯状疱疹ならば、必ずこれらの検索をしなければなりません。そして実際、大半のケースでこれらの疾患が見つかります。特に糖尿病やHIV感染は若い人にも珍しくありません。そして、こういった疾患があれば、適切な治療が行われたとしても帯状疱疹後神経痛に移行する可能性が高いのです。ですから、こういった基礎疾患については帯状疱疹を発症する前に早期発見につとめ、もしも見つかれば早めに水痘ワクチンを接種しておくべきなのです。(次回につづく)

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注:帯状疱疹の特殊型に「汎発性(はんぱつせい)帯状疱疹」といって、ウイルスが血中に入り全身を駆け巡り全身に皮疹が生じるタイプのものがあります。これは免疫力が相当低下していることを示唆しており、汎発性帯状疱疹を診たときには、1度目の帯状疱疹だったとしても、本文で述べたような免疫力を低下させる疾患を調べます。太融寺町谷口医院でも、ここからHIV感染が判明した症例があります。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。