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若い人に増加 帯状疱疹発症と水痘ワクチンの長く深い関係

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【10】

 前回に続き、帯状疱疹(ほうしん)とその後に起きる「帯状疱疹後神経痛」について述べていきます。まず復習ですが、帯状疱疹後神経痛は難治性のやっかいな痛みの病気であり、文字通り、帯状疱疹に罹患(りかん)した後に起こります。そして帯状疱疹の予防には水痘(水ぼうそう)ワクチンが有効であることが分かってきました。さらに、帯状疱疹は免疫能が低下すると発症しやすくなり、2回目以上の発症であれば、かなりの確率で免疫低下をもたらす疾患が潜んでいること、従来は高齢者の発症が多いと言われていましたが、近年若い世代の成人患者が増えていることも説明しました。

 今回は、水痘ワクチンが帯状疱疹に有効である理由を詳しくみていきます。併せてなぜ、最近若い世代の成人患者が増えているのかを考えてみましょう。

水痘患者は増えていないのに帯状疱疹は増えている不思議

 前回、私は若い患者が増えた理由として、睡眠不足やストレスなどの社会的要因で免疫能が低下した可能性、あるいは免疫能が低下する疾患の影響の可能性、を挙げました。実はもう一つ、考えられる理由があります。

 若い成人の帯状疱疹患者が増えているのに対し、同じウイルスが原因の水痘の罹患率は昔からほとんど変わっていません。年間20万人程度でほとんどが10歳未満の小児です。前々回で解説したように、すぐれたワクチンが日本人の手で開発され、世界の多くの国で1990年代から定期接種化されているというのに、日本で定期接種化されたのはつい最近、2014年10月です。だからワクチンの効果は日本ではまだ十分出ていません。日本で水痘の感染者が減ってくるのはもう少し先になります。

水痘が減る季節に帯状疱疹が増える

 ここで大変興味深い研究を紹介します。宮崎県で水痘と帯状疱疹の罹患率の変化を調べた疫学調査で、「宮崎スタディ」と呼ばれます。水痘は冬に増えて夏に減ることは私も日常の診断から分かるのですが、帯状疱疹の季節性というのは実感できません。宮崎スタディはこの点を明らかにしました。帯状疱疹は水痘が減るシーズン、つまり春から夏に罹患者数が増えることが分かったのです。これをグラフにするときれいな鏡面像になります=グラフ(注1)。

水色の線が帯状疱疹の累積患者数、オレンジ色の線は観測定点における水痘の週あたり平均患者数。水痘が減る夏に帯状疱疹が増えていることがわかる=Epidemiology of Herpes Zoster and Its Relationship to Varicella in Japan: A 10-Year Survey of 48,388 Herpes Zoster Cases in Miyazaki Prefecture より一部改変
水色の線が帯状疱疹の累積患者数、オレンジ色の線は観測定点における水痘の週あたり平均患者数。水痘が減る夏に帯状疱疹が増えていることがわかる=Epidemiology of Herpes Zoster and Its Relationship to Varicella in Japan: A 10-Year Survey of 48,388 Herpes Zoster Cases in Miyazaki Prefecture より一部改変

 なぜ水痘が減ると帯状疱疹が増えるのでしょうか。これを理解するには、免疫学の基本知識が必要になります。一般的に、ワクチンの接種、またはウイルスなどの病原体に感染が起きると、体内にその病原体に対する「抗体(中和抗体)」ができ、その働きによって二度とその感染症には感染しなくなります(注2)。抗体が「パトロール隊員」として血液とともに体内を巡回し、再び同じ病原体が体に侵入してこようものなら、隊員を総動員してやっつけてしまうからです。

ウイルスが体内に入ることで免疫が活性化

 麻疹(はしか)や風疹の場合はここまでの理解でOKです。一方、水痘はここからがややこしい。水痘の免疫はパトロール隊以外にもうひとつの部隊が不可欠なのです。抗体すなわちパトロール隊の役割は麻疹や風疹と同じで、新たな侵入者を防ぐことです。しかし水痘ウイルスはいったん感染すると体の奥(神経節)に潜んでいる、という特徴がありました(これこそ帯状疱疹を起こす原因です)。そうです、水痘の免疫には「新たな侵入者の撃退」に加えてもう一つ、神経節に潜んだウイルスを大人しくさせておく、いわば「監視隊」も必要なのです。水痘の免疫には「パトロール隊」(抗体)と「監視隊」の二つの部隊が必要と理解してください。「監視隊」のことを「細胞性免疫」と呼びます(注3)。

 では、「監視隊」の機能を一定以上に維持するにはどうすればいいのでしょうか。答えは「外部から水痘ウイルスが定期的に体内に侵入してくる」状況を作ることです。この状況は「ワクチンをうつ」ことで作り出すことができます。外から水痘ウイルスが入ってくる、つまり水痘ウイルスが気道に侵入してくれば、免疫能=監視隊の機能(もちろんパトロール隊も)が活性化されます。結果、新たな感染を防ぐパトロール隊=抗体がしっかり機能するだけでなく、神経節に潜んだウイルスをしっかりと押さえ込む監視隊=細胞性免疫もパワーアップするのです。

 水痘が(主に子供の間で)流行すると、大人の体内にも水痘ウイルスが入ります。すると大人の細胞性免疫が活性化して神経節に潜んだ水痘ウイルスを押さえ込む力が強くなります。結果、帯状疱疹の発症は減ります。水痘患者が減る季節に帯状疱疹が増えるのは、この逆の仕組みです。

ウイルスとの接触の減少=帯状疱疹の増加へ

 やっと最初の問いに戻りました。若い成人の帯状疱疹が増えている理由。それはその世代の人たちの体に、水痘ウイルスが入ってこなくなったからです。言い換えれば、水痘ウイルスと触れる機会がなくなったということです。では水痘に罹患する子供の数は昔から変わっていないのに、ウイルスとの接触機会が減ったのはなぜか。これは私の仮説ですが、おそらく、地域社会のつながりが減り、成人が子供と接する機会が減ったからでしょう。昔のように町内会の集いがあったり、子供の学校の行事に両親が参加したりする機会が多ければ成人は自然と水痘ウイルスに接していたはずです(注4)。

 水痘ウイルスに接する機会が激減した成人がすべきことは水痘ワクチンの接種です。帯状疱疹の予防として、水痘ワクチンを接種する方法は、米国では06年から実用化されています。米国の報告では、帯状疱疹の発症頻度だけでなく、極めてやっかいな帯状疱疹後神経痛の発症も共に50%以上減少しています(注5)。日本でも16年3月18日より50歳以上であれば帯状疱疹の予防目的で水痘ワクチンが接種できるようになりました。ワクチンシリーズ第2回で述べたように、私自身も帯状疱疹予防目的でこのワクチンを接種しました。

 ワクチン嫌いの人は、ときどき幼稚園をのぞきに行って園児と接すれば無料でワクチン接種と同じ効果が期待できるかもしれません。ただし、そのうち不審者として通報されるのがオチでしょう。また、もしも過去に水痘にかかったという記憶が勘違いだったとしたら「あばた」に生涯苦しめられる可能性があることをお忘れなく……。

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注1:この論文「Epidemiology of Herpes Zoster and Its Relationship to Varicella in Japan: A 10-Year Survey of 48,388 Herpes Zoster Cases in Miyazaki Prefecture」は医学誌「Journal of Medical Virology」2009年10月25日号(オンライン版)に掲載されています。

注2:「抗体」は非常に混乱しやすいものなので補足しておきます。水痘や麻疹の場合、感染するかワクチンをうつと体内に抗体が形成され、それが維持されていれば同じ感染症に新たに感染することはありません。このような抗体を「中和抗体」と呼び、抗体が陽性(+)であるということは「いいこと」です。一方、C型肝炎ウイルス(HCV)やヒト免疫不全ウイルス(エイズウイルス、HIV)の場合は、同様に感染すると抗体ができるのですが、この抗体は病原体をやっつけることはできず、いわば「役立たずの抗体」です。この場合、抗体が陽性(+)である=感染している証拠、ですから「悪いこと」になります。「抗体」という文字を目にしたときは、それが「中和抗体」なのか「役立たずの抗体」なのかを常に考えるようにすれば混乱を防げます。

注3:細胞性免疫に対し、抗体は「液性免疫」と呼びます。液性免疫(=抗体価)を調べるには血液検査が有用で数値が出てきます。一方、細胞性免疫は血液検査では調べることができず、評価をするには、皮内テストといって水痘抗原を皮内に注射して反応する(赤くなる)皮膚のサイズを計測しなければなりません。

注4:私のこの仮説が正しいとすれば、水痘感染者の多い幼稚園や小学校低学年の先生は在職中に帯状疱疹を発症しないはずです。これを検証した研究は見たことがありません。しかし、私の臨床上の経験では、高校や大学の教師の帯状疱疹は何度も診ましたが、幼稚園や小学校低学年の先生では一度も遭遇したことがありません。

注5:国立感染症研究所のウェブサイトに紹介されています。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。