実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

あなたにも起こるかも…尖圭コンジローマがもたらす苦悩

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【11】

 今回からヒトパピローマウイルス(HPV)の話です。今回は症例の紹介をしたいと思います。下記は実際に私が診察した例です。ただし本人が特定されないようにアレンジを加えています。もしもあなたの周囲に似たような人がいてもそれは単なる偶然であることをお断りしておきます。

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「せっかく恋人ができたのに性病?!」=山岡彩花(仮名)のケース

 山岡彩花(仮名)は26歳の会社員。2カ月前に新しいカレシができたおかげで、毎日が楽しくて仕方がなかったのは先週までのこと。今日は職場から2駅離れた街のクリニックに来た。3日前に自宅近くのクリニックでも受診している。受付で塗り薬を渡され、クリニックを出た彩花は、ショックのあまり涙が止まらず、目的もなくしばらくあたりをさまよっていたようだ。混乱したままLINEでカレシに「別れましょう」と送信した。

 彩花が二つのクリニックで受けた診断はいずれも「尖圭(せんけい)コンジローマ」。性器にできるイボだ。カレシの性器にはそのようなイボがなかったので、その前に付き合っていた元カレから感染したに違いない。カレシに「これ、性病じゃないのか」と言われたのが1週間前の旅行先でのことだった。それ以来カレシとは連絡を取っていない。

 数日後。外陰部の激痛が抑えられなくなった彩花は、1人で昼休みにインターネットを検索し、太融寺町谷口医院を見つけた。大阪の梅田まで片道2時間近くかかるが「総合診療」のクリニックということで相談に乗ってもらえるかもしれない。

 太融寺町谷口医院での診察の結果、やはり診断は「尖圭コンジローマ」で間違いないとのこと。しかし痛みが出たのは前のクリニックで処方された外用薬の使い方が間違っていたからだと言う。毎日塗るように言われたはずだが、これは抗がん剤の一種だから毎日塗ってはいけないそうだ。そして、3軒目の受診にして初めて「治る病気」だと言われた。これまでは「治らない」と言われていたのに……。本当に治るのだろうか……。あたしを安心させるためにウソを言っているんじゃないのか……。やっぱり治りませんでした、なんてことになったら許さないぞ!

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 もう1例紹介します。

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「そんなこと妻に言えるわけないだろ!!」=松本隆平(仮名)のケース

 松本隆平(仮名)は32歳の公務員。現在不妊治療中。1カ月前から陰茎に3mm程度のイボができているのに気づいていたが、痛くもかゆくもないので放置していた。しかし3日前にその近くに新たにイボができていることに気付いた。これは放っておかない方がいいと判断し、近くのクリニックを受診。「尖圭コンジローマ」と言われ手術を勧められた。電気で焼くだけだから日帰りでおこなえるとのこと。しかし、陰茎の手術って……。

 翌日、松本隆平はインターネットで検索した太融寺町谷口医院を受診した。この程度なら手術はしなくても治すことができると言われ、胸をなでおろした。そのことはよかったのだが、医師からショッキングなことを聞かされた。これは性病だから妻も診察に連れてくるように、というのだ。この医師によれば、妻からうつされた可能性、妻にうつしている可能性の両方があるという。医師には言えないが、本当のことはわかっている。半年前にほんの気の迷いで他の女性と接触をしたことが原因でうつされたのだろう。コンドームはしていたのだが、この医師によればコンドームでこの病気は防げないらしい。そんなこと、今さら聞かされても……。

 妻にこんな話できるわけがない。けれども今、妊活中なのだ。医師からは当分の間性交渉はできないと言われた。どうすればいいのだ……。医師の仕事は患者を安心させることじゃないのか……。なのに自分は今、医師の言葉のせいで絶望的な気持ちにさせられているぞ……。

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 ストーリーにはアレンジを加えていますが、実はこのような症例はよく診ます。尖圭コンジローマというこの感染症、性感染症の代表的なものなのですが、実態をきちんと把握している人はあまり多くありません。あまりにも誤解の多い感染症なので、まずポイントを述べておきます。

尖圭コンジローマの基礎知識

○ヒトパピローマウイルス(HPV)の一部の種類が原因で起きる性感染症。性交渉で感染する。

○「治りにくいことがある」「再発を繰り返すことが多い」は事実。長期間、病苦から逃れられず精神的に病んでいく患者もいる。しかし、基本的に「治る病気」である(山岡彩花が「治らない」と思っていたのは、悲観してこのように思い込んでいただけと考えられる。そして、このようなことはよくある)。

○ガイドラインで第一選択とされている治療のなかで、まず試すべき瘢痕(はんこん=皮膚の盛り上がりやくぼみなどのあと)が残らない治療は「液体窒素療法」と「イミキモド(商品名:ベセルナクリーム)の外用」(山岡彩花は抗がん剤外用を、松本隆平は電気焼灼<しょうしゃく>が勧められている。いずれもガイドラインに沿わない治療だが、このような例は少なくない。ガイドラインが普及していない可能性もあるが、他にも理由がある=その理由は次回述べます)。

○潜伏期間は数カ月以上になることもある。しかも、発症しても痛くもかゆくもないためになかなか気づかない。女性の場合、膣(ちつ)の中だけにできたときは、よほど大きくならない限り気づかない。したがって、感染して1年以上経過してから初めて気づくことも珍しくない。

○コンドームはまったく無意味ではないが感染・発症を防ぐことはできない。

○HPVワクチン接種でほぼ完全に防ぐことができる。

 次回はこれらを詳しく述べていきます。繰り返しますが、尖圭コンジローマはときに治療に難渋しますが完治する感染症です。現在悩んでいる人がいれば希望を持ってください。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。