テレビドラマ「古畑任三郎」(1999年)

 言葉で止められる自殺と、言葉ではどうしても止められない自殺がある。

 殺人課の刑事が名推理を展開するテレビドラマ「古畑任三郎」に、言葉で自殺を止めた好例があった。1999年5月11日放映の「再会(古い友人に会う)」。人が死なない異例の回として知られる。二回り年の離れた若い妻の不倫が露見し、あざ笑われるのを恐れた壮年の流行作家の男性(演じるのは津川雅彦)が、「恥辱にまみれた晩年を過ごすくらいなら」「すべてを失うことは耐えられん」とピストルで自殺しようとする。「古い友人」である古畑は、彼に言葉をかける。それを聞いて男性は、自殺を思いとどまる。

 田村正和演じる古畑は、いつになく熱をこめて語りかけた。

 「また一からやり直せばいいじゃないですか。いくらでもやり直せます。……たとえ明日死ぬとしても、やり直しちゃいけないってだれが決めたんですか。だれが、決めたんですか。まだまだ、これからです」

 作家ははっとして、自分の考えの狭さに気づき、頭に突き付けた銃を下ろしたのである。

古畑任三郎 1st Season DVDBOX 発売元:フジテレビ映像企画部 販売元:ポニーキャニオン 価格:19800円(税抜き) (C)2003フジテレビ/共同テレビ
古畑任三郎 1st Season DVDBOX 発売元:フジテレビ映像企画部 販売元:ポニーキャニオン 価格:19800円(税抜き) (C)2003フジテレビ/共同テレビ

 自殺者のこころは、ほぼ常に心理的視野狭窄(きょうさく)という状態に陥っている。自分の悩みにまつわることしか考えられなくなり、周囲の他の現実が見えなくなって、現在の見方以外の考え方がまったくできなくなるということである。「どうやってもダメだ」「無理に決まっている」「死んだ方が楽」と考えが凝り固まってしまうのである。そんな行き詰まった思考を周囲の人の言葉が崩すことができれば、新たな人生の展開が一気に開けることがある。専門的には「認知療法」と呼ばれる治療に含まれ、精神科医や心理療法家が行うことがあるが、このドラマのように身近な人の言葉も同じような働きかけをすることがある。

周囲に左右されないうつ

 一方で、言葉では止めようがない自殺もある。

 それは中核的なうつの人の自殺である。「中核的な」とつけたのは、この15年ほどの間に、日常的に起きるような軽いうつの人が医者にかかるという状況、つまりうつの軽症化と医療化が進んでしまったからだ。本人や周囲の努力では治癒せず重症化しやすく自殺の危険が高い「中核的な」うつ(実はこれこそ本来「うつ病」と呼ぶ)は軽視される傾向にある。このうつは、「こころの病」というより「身体の病」という方がふさわしい。

 うつとは、つらい出来事や重いストレスによって引き起こされて、それらの程度によって悪くなったり良くなったりするもの--そんなふうに一般には思われている。しかし、それは半分しか正しくない。中核的なうつは、周囲の状況やストレスの変化に左右されることはほとんどなく、そのことで悪化もしなければ改善もしない。

 言葉が無用というわけではない。本人のつらさに寄り添う意味はある。しかし、この「身体の病」が治るために必須なのは、身体療法である。身体療法とは、薬物療法または電気けいれん療法(頭部に通電する治療法)のことをいう。自身の努力ではもちろん、人の言葉だけで治癒させることはできない。中核的なうつの人がもし「死にたい」と思いつめたら、どんな言葉も自殺の危機を確実に回避することはできない。すぐに入院してもらって安全を確保し、身体療法を始めなくてはいけない。さすがの古畑任三郎の言葉も認知療法も、このうつを治すことはできない。

自分を変えられない苦悩

 だから、うつとその患者について「遺(のこ)される者に済まないと思うなら、踏みとどまる望みもある。死ぬ覚悟を転じればいくらでも出直せるはずだ」などと書いた朝日新聞のコラム「天声人語」(2013年1月22日付)は、うつへの理解も情けもない暴論である。それが「天の声」のはずがない。悩む心や考え方を変えたいと一番願っているのは本人である。それができない苦悩を理解しなければ人を救うことはできない。

   ×   ×   ×

メモ:1994年から2006年にかけて放映され高視聴率を続けた三谷幸喜脚本の刑事ドラマ(フジテレビ制作)。「刑事コロンボ」に似て、犯行をすべて見せたうえで、主人公の古畑が巧みな話術と犯人の言動の矛盾を突く名推理で真相を解明していく。古畑は常に黒のスーツとシャツ、ノーネクタイでサスペンダーという渋い決めスタイル。冒頭に古畑がひとり立ち姿で現れて語る、その回の内容に関連したプロローグも魅力だった。

医療プレミア・トップページはこちら

上田諭

上田諭

東京医療学院大学教授

うえだ・さとし 京都府生まれ。関西学院大学社会学部では福祉専攻で精神医学のゼミで学ぶ。卒後、朝日新聞に記者で入社したが、途中から内勤の編集部門に移され「うつうつとした」日々。「人生このままでは終われない」と、もともと胸にくすぶっていた医学への志向から1990年、9年勤めた新聞社を退社し北海道大学医学部に入学(一般入試による選抜)。96年に卒業、東京医科歯科大学精神神経科の研修医に。以後、都立の高齢者専門病院を中心に勤務し、「適切でない高齢者医療」の現状を目の当たりにする。2007年、高齢者のうつ病治療に欠かせない電気けいれん療法の手法を学ぶため、米国デューク大学メディカルセンターで研修し修了。同年から日本医科大学(東京都文京区)精神神経科助教、11年から講師、17年4月より東京医療学院大学保健医療学部教授。北辰病院(埼玉県越谷市)では、「高齢者専門外来」を行っている。著書に、「治さなくてよい認知症」(日本評論社、2014)、「不幸な認知症 幸せな認知症」(マガジンハウス、2014)、訳書に「精神病性うつ病―病態の見立てと治療」(星和書店、2013)、「パルス波ECTハンドブック」(医学書院、2012)など。

Dr.米井のアンチエイジング・セルフチェック チャートでわかる、あなたの機能年齢 北海道大学COI×医療プレミア