実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

奇妙で不思議な病原体HPV

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【17】

 ヒトパピローマウイルス、通称HPV。この病原体は、たとえば以前述べたような麻疹や風疹のウイルスとは一味も二味も違います。麻疹の理解が簡単なのは、麻疹ウイルスという「ただ一つの病原体」が存在し、ワクチンをうつか感染して治るかのどちらかで「抗体」ができて、それ以降は感染しない、ということを覚えておけば事足りるからです。

 一方、HPVは、まずタイプが100種類以上あります。感染しても自然に体外へ出て行くこともあり抗体ができません。ワクチンをうてば抗体が形成されますが、それでも病気になることがあります……。この時点ですでに複雑怪奇です……。説明しなおしましょう。

手足にできるイボもHPVが病原体

 HPVには100種類以上のタイプがあり、HPV1、HPV2というように番号が振られています。タイプによって人に無害なものもあればがんをもたらすものまでさまざまです。最も有名で身近なのは、子供の手指などによくできる「イボ」です。これはHPV2、HPV27、HPV57などが原因で、正式には「尋常性疣贅(じんじょうせいゆうぜい)」と呼びます。子供だけでなく成人にもできますし、頭皮、顔面から足底まで体のいたるところに生じます。

 ミルメシアと呼ばれる主に子供の手足にできる、痛みをともなう腫瘤(しゅりゅう=こぶ)はHPV1が原因です。扁平(へんぺい)疣贅という扁平状の腫瘤はHPV3、HPV10、HPV28が原因で、ときに多発することがあります。色素性疣贅というのは黒いイボでこれはHPV4、HPV65が原因です。これ以外にも多種多様なものがあり、ここではこれらのひとつひとつの解説はおこないません。HPVワクチンを考える上で覚えておかなければならない病気は二つだけです。

覚えておくべき二つの病気

 一つはワクチンシリーズ第111213回で紹介した尖圭(せんけい)コンジローマで、ほとんどはHPV6またはHPV11が原因です。そして、もう一つが子宮頸(けい)がんでHPV16、HPV18、HPV31、HPV51、HPV52などが原因です。中でもHPV16、HPV18が子宮頸がんの病原体としては最も多く、この二つで子宮頸がん全体の6〜8割程度を占めると言われています。

 HPV6またはHPV11は性的接触で感染し、尖圭コンジローマを発症します。尖圭コンジローマの苦悩についてはここでは繰り返しませんが、コンドームでは防ぐことができず、皮膚と皮膚との接触、あるいはウイルスを含む体液が皮膚に接触することで感染します。感染するとどの程度の確率で発症するのかという点についてはよく分かっていませんが、私の臨床経験上、かなりの確率でパートナーにも見つかっていますから、感染力が強く、感染すると大部分が発症するのではないかと思われます。

子宮頸がんの生涯罹患率は?

 子宮頸がんはどうでしょうか。こちらはある程度きちんとしたことが分かっています。実は日本人の8割以上が子宮頸がんの原因のHPVに、生涯に1度は感染すると言われています。一方、子宮頸がんの生涯罹患(りかん)率は約1%とされています(注1)。これは何を意味するかというと、つまり子宮頸がんの原因となるHPVに感染しても大多数はがんを発症しないということです。

 とはいえ、生涯を通して子宮頸がんになるのが1%というのは小さい数字ではありません。それがワクチンで防げるならありがたい話です。ではワクチンは子宮頸がんの原因のHPVすべてに有効かというとそういうわけではありません。現在存在するHPVワクチンの効果は次の通りです。共に半年間かけて3回接種します。

サーバリックス(上=ジャパンワクチン提供)とガーダシル(下=MSD提供)
サーバリックス(上=ジャパンワクチン提供)とガーダシル(下=MSD提供)

サーバリックス…HPV16、HPV18に有効

ガーダシル…HPV6、HPV11、HPV16、HPV18に有効

 子宮頸がんの原因のHPVは16と18で6〜8割を占めるわけですから、これだけ防げるのはありがたいのですが、完全ではありません。では、運悪く16と18以外のHPVに感染してがんを発症したら助からないのでしょうか。あるいはワクチン接種の前に16や18に感染してしまった場合は防げないのでしょうか。

ワクチンをうっても定期検診は必須

 がんを治すという意味では必ずしもワクチンに頼る必要はありません。なぜなら子宮頸がんというのはがんのなかで唯一といっていいほど、定期検診で「早期発見」が可能であり、早期発見ができればほぼ確実に「治癒」させることができるからです。しかも外科的治療の場合、他臓器のように臓器を大きく取り除くのではなく、子宮の入り口の一部を切除(これを「円錐切除」と呼びます)するだけでよいのです(注2)。また、まったく切除せずに放射線治療で治すこともできますし、フォト・ダイナセラピー(PDT、光線力学的療法)と呼ばれる、特殊な薬剤を注射した後にレーザー光線を照射して治療する方法もあります。

 つまり、子宮頸がんというのはワクチンをうたなくても、定期的に検診を受けていれば早期発見ができて子宮を温存する治療を受けることができるのです。逆に、ワクチンをうっていたとしてもHPV16と18以外のタイプ、HPV31、51、52などは予防することができないために、結局定期的に検診を受けなければならないのです。要するに、ワクチンをうったとしてもうたなかったとしても1〜2年に1度の検診を受けなければならないことには何ら変わりがないということです。

感染しても抗体ができない奇妙な特徴

 HPVワクチンを考える上でもう一つおさえておくべきポイントがあります。麻疹や風疹は一度感染すれば抗体が形成されます。しかしHPVの場合は感染しても抗体ができず、1〜2年のうちに自然に「排出」されると言われています。そして再び感染することもあるのです。HPVワクチンが性行為を開始する年齢になる前に接種すべきだと言われる一方で、いくつになっても有効とされているのはこのためです。「感染しても抗体が形成されないけれども、ワクチンを接種した場合は抗体がつくられ、以後は感染しない」というのは他の病原体にはないHPVの奇妙な特徴と言えます。

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注1:生涯罹患率を含めて子宮頸がんとHPVの関連については厚労省のこのページが参考になります。

注2:ただし円錐切除後は、早産や流産のリスクが上昇することが指摘されています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。