病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

日本のワクチン注射 世界の“非常識”

谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長

理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【18】

 ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種後に生じる副反応の症状として、よく指摘されているのが全身の疼痛(とうつう、痛み)です。そして、この原因としてワクチンの成分ではなく注射をうつこと自体の痛みが引き金になって、長期間の疼痛を引き起こしているという意見があります。その真偽については立ち入りませんが、ここでは「HPVワクチンは痛い」ということについて述べていきたいと思います。

筋肉と皮下 ワクチン注射の二つの方法

 一般の人からすればワクチンをうたれるときにあまり違いを意識したことはないと思いますが、我々医療者はワクチンをどのようにうつかで二つに分類しています。「皮下注射」と「筋肉注射」です(これ以外に皮内注射という方法があり、この方法でうつワクチンとしては結核を予防するBCGワクチンがあります。また注射以外の方法としてはロタウイルスなどの経口ワクチン、日本では未承認ですがインフルエンザの点鼻ワクチンがあります)。

 あるワクチンを皮下注射でうつべきか、筋肉注射でうつべきか、という判断は、国際的にはとても簡単です。生ワクチン(麻疹や風疹ワクチンなど、病原体を弱毒化してつくられたワクチン)の場合は、皮下注射が原則。一方、不活化ワクチン(病原体を殺して毒性をなくし、免疫を活性化させる成分を抽出してつくったワクチン)の場合は筋肉注射をおこなう。これが世界的には“常識”です。

世界に例のない日本の「うちかた」ルール

 ところが、日本では規制が異なり、非常にややこしくなっています。日本ではほとんどの不活化ワクチンが「皮下注射」あるいは「皮下注射または筋肉注射」と決められているのです。

 ワクチンの目的は「体内に抗体をつくること」です。抗体をつくらせるためにはワクチンをしっかりと体内に入れる必要があります。と考えると、筋肉注射の方が皮下注射よりも有効であると考えられます。実際、いくつかのワクチンで皮下注射よりも筋肉注射の方が有効であったとする研究もあります。では、なぜ日本では皮下注射が好まれるのでしょうか。それは「歴史的経緯」があるからです。

筋肉注射敬遠の流れを生んだ歴史

 1970年代、小児の「大腿(だいたい)四頭筋短縮症」が問題となりました。これは大腿四頭筋という太ももの筋肉に筋肉注射をおこなった結果、発育途上の大腿の筋肉が拘縮(短縮)してしまい、膝を曲げられなくなったり、歩行障害が生じたりする子供が続出したのです。77年の厚生省(当時)の発表によれば、筋肉注射が原因の大腿四頭筋短縮症の患者数はおよそ4000人とされています。この問題以降、小児に筋肉注射を行う例が激減しました。その“とばっちり”をくらったのがワクチンだったのです。

 大腿四頭筋短縮症は筋肉注射したワクチンが原因と思っている人が多いのですが、実はワクチンとの因果関係は一切示されていません。当時、多くの児童に投与されていたのは抗菌薬と解熱剤がほとんどなのです。しかし、いったん「筋肉注射は危険」というレッテルが貼られてしまえば後には戻れません。以降、日本ではワクチンの筋肉注射が激減したのです。

 先にも述べたようにしっかりと抗体をつけるためには筋肉注射が望ましいのは自明です。しかし、2000年代に登場した肺炎球菌ワクチンでさえも「筋肉注射または皮下注射」とされています。これではせっかくうつワクチンの効果が不十分になる可能性があります。そこで、日本小児科学会は11年6月、「不活化ワクチンの筋肉内注射の添付文書への記載の変更について」というタイトルの要望書を厚生労働相宛に提出しました。

 ところがその努力もむなしく、翌年(12年)に発売が開始された不活化ポリオワクチンは「皮下注射のみ」とされてしまいました。このワクチンは日本で承認されるのが遅れ、一部の自治体では承認前に輸入したものを導入していました。そして、日本承認前は海外と同様筋肉注射でした。しかし、承認後はまったく同じワクチンなのにもかかわらず「皮下注射のみ」とされてしまったのです。これは現場での混乱を招くと同時に、多くの医師を失望させることになりました。

 不活化ポリオワクチンがなぜ「皮下注射のみ」とされてしまったのかについてはまったく不明なのですが、HPVワクチンのサーバリックス及びガーダシル、それに15年に発売された髄膜炎菌ワクチンは「筋肉注射のみ」とされています。ワクチンの有効性をより高くしたいという意図が反映されたのではないか、と私はみています。

筋肉注射と皮下注射、「痛い」のはどちら?

 前置きが随分長くなりましたが、HPVワクチンは「筋肉注射」ということが言いたかったのです。他のほとんどのワクチンが皮下注射ですからHPVワクチン定期接種の対象者となる中学1年生の女子のほとんどにとって、初めての体験となります。そして皮下注射に比べて筋肉注射の針は太くて長いものを用います。太くて長い針と細くて短い針、痛いのはどちらでしょうか。当然「太くて長い針」です。では、太くて長い針を使う筋肉注射と細くて短い針の皮下注射、痛いのはどちらでしょうか。

 意外なことにこの答えは「皮下注射」です。日本小児科学会が厚生科学審議会に宛てた要望書にもそのことが記載されています。この理由はおそらく筋肉よりも皮下組織の方が免疫に関与する細胞が多く集まっているために、ワクチンを注入することにより生じる局所の炎症反応が強くなるからではないかと思われます。

 しかし、これはワクチン注入時から接種後に生ずる「結果としての」痛みの比較です。針が刺さるそのときに限れば、太い針でうたれる方が、細い針よりも瞬間的には強い痛みが起こるはずです。また筋肉注射の太い針は見た目にもいかにも痛そうですから、心理的痛みは増す可能性もあります。ワクチンをうつまえにはそういうことも「理解」しておく必要があるのです。

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谷口恭

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト

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