実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

HPVよりも優先すべきワクチンは

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【22】

 ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンについて、私は日本で承認される前から患者さんから相談を受けることがありましたし、今も週に数人から質問があります。定期接種の対象となる中学1年生の女子から直接相談を受けることはほとんどなく、女子生徒を子供に持つ母親(なぜか父親からの相談は1例もありません)、自分自身に接種すべきか否かを検討している成人女性(10代から60代の方までいます)、また、自分自身に接種することを考えている男性からも相談されることがあります。

 ワクチンの基本は「理解してから接種する」ですから、なぜ接種しようと考えているのか、分からないことはないか、といったことを徹底的に聞いていきます。これまで述べてきたことを完璧に理解していた人はほとんどおらず、「それは知りませんでした」と言われるのが普通です。

B型肝炎ワクチンの方が先ではないですか?

 HPVワクチンを希望している人に私が必ず伝えることは「どう考えてもB型肝炎(HBV)のワクチンをうつ方が先ですよ」ということです。HPVワクチンは、子宮頸(けい)がん全体の6〜8割を占めるタイプにのみ、効果があるワクチンです。また、たとえ子宮頸がんに罹患(りかん)してもきちんと検診を受けていれば早期発見ができ、早期発見ができれば必ず治すことができます。それに、コンドームをしていればかなりの確率で子宮頸がんの原因となるHPV感染は防ぐことができます。同様にHPVで感染する尖圭(せんけい)コンジローマはコンドームで防げませんが「死に至る病」ではありません。

 一方、HBVは体内のウイルス量が多い人の場合、唾液や汗にもウイルスが含まれていることがあり、それらを通じて感染する可能性があります(注)。つまり、コンドームは感染防止の役には立ちません。そして、感染して劇症肝炎を起こせば数カ月後に帰らぬ人になることもあります。慢性化するタイプのHBVに感染すれば生涯にわたり薬を飲まなければならなくなるかもしれません。そして将来、肝硬変や肝臓がんを発症するリスクもあります。HPVワクチンとHBVワクチン、どちらの優先順位が高いかは考えるまでもないことです。実際、太融寺町谷口医院では、HPVワクチンの接種を希望して受診した人が、説明を聞いた結果、HBVワクチンを接種して帰ったというケースは多数あります。あるいは同時接種する人もいます。

男性がHPVワクチンを必要とするケース

 現在、日本ではHPVワクチンは男性に対して承認されていません。HPVは性的接触で感染するわけですから、感染率を下げようと思えば男女ともに接種すべきです。実際、米国、オーストラリア、韓国など、多くの国では男女とも定期接種とされています。日本で、承認されていないワクチンを接種して副作用が出たときには何の補償もありません。にもかかわらず谷口医院には、男性からHPVワクチンを接種してほしいという依頼が少なくありません。なぜなのでしょうか。

 男性でHPVワクチンを希望するパターンは三つあります。一つは尖圭コンジローマを予防したい、というものです。これはもっともな理由であり、尖圭コンジローマの苦悩を考えるとワクチン接種は非常に有効です。9割以上を防げると言われています。私自身も尖圭コンジローマの原因ウイルス、HPV6、HPV11に有効なワクチン「ガーダシル」が日本に登場したときにすぐに接種しました(一応付記しておくと、私自身は性交渉での感染を危惧しているというよりも、診察時に患者さんから感染するリスクを考慮したためです)。

 二つめのパターンは「肛門がんや陰茎がんを防ぎたい」というもので、どちらかと言うとこのような希望を持っているのは男性同性愛者の人に多いと言えます。あまり報道されませんが、実はHPVワクチンはこういったがんに対して高い予防効果があると言われています。

 三つめは「将来のパートナーに感染させたくない」というもので、諸外国で男性も接種しているのと同じ理由です。この理由で接種する人はかなりの知識を持っている場合がほとんどであり、若い医療者が多いという特徴があります。

水ぼうそう、おたふく風邪、麻疹、風疹ワクチンは受けた?

 女子生徒をもつ母親にHPVワクチンの説明をするときは、HBVに加え、水痘(すいとう=水ぼうそう)ワクチンの話をすることもあります。「感染症は治っても…水ぼうそうがもたらす『あばた』の苦悩」の回で述べたように、水痘は空気感染しますし、10代以降に感染すれば「あばた」をつくることになり、後悔してもしきれない、といった事態になる可能性があります。また、おたふく風邪、麻疹、風疹などの話をすることもあります。つまり、HPVワクチンは、他の感染症と比べて「優先順位は決して高くない」のです。

 HPVワクチンが定期接種になった2013年4月、私は厚生労働省に強い憤りを感じました。少なくともHBVと水痘のワクチンを先に定期化すべきだろう!! それが私の憤りの原因でした(その後、水痘ワクチンは14年10月に定期接種化され、HBVワクチンも16年10月に定期接種化することが決まりました)。

私が厚生労働省の官僚だったら…

 私は臨床をしている医師です。日ごろ多くの患者さんと接している立場の者です。そんな私が最も望むのは「目の前の患者さん」を感染症から救いたいというものです。ですから、私がHPVよりもHBVや水痘が先と考えるのは当然です。

 しかし、もしも私が臨床医でなく厚労省の官僚であればどう考えるでしょう。私は一臨床医として厚労省を批判しましたが、逆の立場であればHBVや水痘ではなく、HPVを先に定期化したかもしれません。しかも、これまで私がさんざん主張してきたように「中学1年生で必ずしもうつ必要はない。うちたいときにうてばいい」ではなく、今の官僚と同様、「できるだけ中学1年生でうってください。そうすれば無料です」と言うかもしれません。なぜでしょうか。

 その理由と考察は、来週紹介します。

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注:ささいな接触で感染した事例については、この連載の「誤解だらけのB型肝炎ウイルス(1)」「同(3)」を参照してください。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト