実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

世界で流行デング熱 改めて蚊対策を考える

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知る【10】

 デング熱の勢いが止まりません。

 国内のニュースだけをみていると、2014年夏の東京での流行以降はほとんど報道されていませんし、新聞には「ジカ熱」という言葉の方がたくさん出てきますが、世界中の熱帯・亜熱帯地方で今最も問題となっているのは、「世界一恐ろしい生物=蚊」が原因のデング熱です。蚊シリーズの続編として、改めて蚊とデング熱のリスクを考えます。

台湾でハワイでフィリピンで…ついに日本人の犠牲者も

 例えば、台湾では02年、感染者数が1万5000人を超える大流行が起こりましたが、昨年(15年)はそれをはるかに上回る4万2000人以上が感染しました。こうなると台湾と目と鼻の先の八重山諸島、さらに沖縄本島でのアウトブレイク(限定された範囲内での感染の大流行)も時間の問題かもしれません。感染症のイメージがさほどないハワイですら、15年後半から感染者が急増し、ついに「非常事態宣言」が発令されました。ハワイでのこれほどの流行は1940年以来です。

ハワイ・ワイキキビーチの夕暮れ=河出卓郎撮影
ハワイ・ワイキキビーチの夕暮れ=河出卓郎撮影

 フィリピンでは14年の感染者数が約12万人で、この数自体、少なくない数字ですが、15年には一気に20万人に増えました。そして16年7月、1人の日本人女性が同国で犠牲になりました。新潟県在住の30代の女性がフィリピン旅行中に蚊に刺され、帰国後デング熱(デング出血熱)の診断がつき、治療を受けましたが時すでに遅し。症状はもはや治療が間に合わないところまで進行していたのです。

生活習慣病やがんばかりが「健康情報」ではない

 日本では健康に興味を持っている人はとても多く、この「医療プレミア」を含め健康情報のポータルサイトはたくさんありますし、ときに医療者も驚くほど健康に関する知識を持っている人もいます。それはとてもいいことなのですが、私の率直な印象を言えば、「健康」の対象となっているのは、生活習慣病や悪性腫瘍、ダイエット、美容、アンチエイジングなどに偏っており、残念ながら感染症に対してはあまり興味を持っている人が多くありません。確かに先進国で寿命を脅かすのは、生活習慣病からくる心血管障害や悪性腫瘍であり、死に直結する感染症が問題なのは発展途上国の方です。また、多くの先進国では高齢化社会を迎えており、アンチエイジングや美容に関心がもたれるのは当然のことで、高齢者のクオリティー・オブ・ライフが重要視されるのはいいことだとは思います。

 しかし、です。一歩海外に出れば感染症は依然脅威であり、新潟の女性のように「蚊に刺される」というほんの一瞬のできごとで命を落とすこともあるのです。生活習慣病の予防やアンチエイジングが毎日の積み重ね、つまり「習慣」が重要であるのとは対照的に、感染症の場合は「知識」、それもこのコラムのタイトルにあるように、ほんの5分もあれば学べるような知識だけで防ぐことができます。

ジカ熱よりはるかに感染者多く、重症化する

 ここで私が日々の診療で感じている「残念なこと」を紹介したいと思います。太融寺町谷口医院を受診する患者さんは働く若い世代が中心で、海外出張や海外旅行に伴う心配事もよく聞きます。例えば、ここ数年は遺跡都市マチュピチュやウユニ塩湖の人気で南米を旅行する人が大勢いて、高山病対策の相談をよく受けます。そういった旅行プランを選ぶ人たちですから、カントリーリスク(国ごとの政治、経済、社会、環境などによって生じるリスク)の知識はあり、高山病についてもよく勉強しています。最近はジカ熱についての質問もよく受けます。一方、デング熱について知識のある人は残念なことにとても少ないのです。ジカ熱対策をしていればデング熱対策にもなりますが、流行地域は一致していません。それにジカ熱に比べ、デング熱の方が感染者数は圧倒的に多く、重症化するのです。

 もうひとつ例を挙げましょう。プーケット、バリ島、ペナン島、セブ島などのアジアのリゾート地や、ハワイ、グアム、パラオなどのミクロネシアの観光地を訪れる人は谷口医院の患者さんの中にも大勢います。そんな人に「蚊の対策はしていましたか」と尋ねてみることがあります。すると、ほとんどの人は、サンスクリーン(日焼け止め)は使用していても、蚊忌避剤(DEET)やイカリジンなどの蚊よけ製品は使用しなかった、と答えます。

 これがいかに危険なことか……。それなりに知識があり、マラリアの予防薬を内服していたという人でも、昼間の蚊対策はなおざりになり蚊に刺された、という人もいます。よくある誤解が「蚊対策は夜だけでいい」というもので、これは完全に誤りです。夜だけ活動するのはマラリアを媒介するハマダラカであり、デング熱の原因となるネッタイシマカは日中に人を刺します。ハマダラカがきれいな水を好むのに対し、ネッタイシマカは水があれば、汚くてもどこにでも出没します。ビーチサイドや公園にもいますし、都心の大通りにもいます。

 つまり、香港・台湾を含む亜熱帯・熱帯地方を訪れるときは、昼も夜もどこに行くときも蚊対策をしなければならず、ビーチやプールサイドで水着になってサンスクリーンしか使わないというのは「自殺行為」ともいえるのです。

ワクチン登場するも、日本での普及はまだ先か

 さて、その厄介なデング熱への対処法は「虫よけ対策」しかないのでしょうか。現時点では「イエス」となりますが、将来的にはワクチンが普及するかもしれません。現在、フィリピン、メキシコ、ブラジル、コスタリカ、エルサルバドルの5カ国で承認されています。皮肉なことに、新潟の女性が犠牲となったフィリピンではアジアで最も早く承認され、16年4月からは一部の地域で小学生を対象に無料接種がおこなわれています。

 先に述べたように、フィリピンでもデング熱の被害が急増しています。特に小児の間では深刻で、15年に死亡した約600人の大半が子供たちだと言われています。実は、世界保健機関(WHO)がデング熱のワクチンを正式に推奨したのはつい最近(16年7月)のことで、フィリピンで定期接種が開始された4月は、WHOの推奨がまだありませんでした。そのためフィリピンの一部の医療者は、副作用が少なくないことや発症を完全に防げるわけではないことを理由にワクチン導入に反対していたと聞きます(注1)。しかし、報道によれば、発症リスクを大きく減らすことのできる画期的なワクチンを無料で打ってもらえることを喜んでいる保護者も多く、WHOが推奨(注2)したことで、今後はフィリピンのみならず世界中でワクチン接種者が急増することが予想されます。

 このワクチンが日本で認可される予定は今のところありません。また、日本人もフィリピンに行けば任意接種というかたちで接種できるようですが、1年間かけて合計3回接種しなければなりませんから、現地に住んでいる人か頻繁に渡航する人でないと現実的ではないでしょう。

改めて、蚊対策を決して軽視しないように

 現時点では、DEETやイカリジン、蚊取り線香、蚊帳などで地道な蚊対策をするのが最適となります。どのみち同じ蚊が媒介するジカ熱やチクングニア熱にはワクチンが存在しませんから蚊対策はおこなわなければならないのです。

「実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-」というこのコラムのタイトルに最もふさわしい感染症のひとつ、それがデング熱を含む「世界一恐ろしい生物=蚊」が媒介する感染症なのです。

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注1:CNNフィリピン2016年4月4日の報道より。

注2:WHOの見解はこちらを参照ください。

【「世界一恐ろしい生物=蚊」の実態を知るシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。