実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「医師は抗菌薬を使いすぎ」は本当か?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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抗菌薬の過剰使用を考える【2】

 薬剤耐性菌が出現する最大の理由は「抗菌薬の過剰使用」であり、その原因として「医師の不適切な処方」が必ずやり玉に挙げられます。前回は、医師の処方の問題以前にアジア諸国での「野放し」の現実、日本での個人輸入、そして家畜の成長促進目的での使用という、国内の医療現場以外での三つの問題について述べました。

◇米国調査 3割が不適切処方

 では、医療現場では医師はどれくらい不適切な抗菌薬の処方をしているのでしょうか。医学誌「JAMA」2016年5月3日号(オンライン版)に「2010~2011年における米国の外来診療での抗菌薬の不適切な使用」というタイトルの論文が掲載されています。これによれば、米国での抗菌薬処方の3割は不適切であったとされています。

 研究は10~11年に行われた二つの大きな医療調査を解析することで抗菌薬の処方と最終診断の関係が調べられています。全疾患における年間1000例当たりの抗菌薬処方は506例で、そのうち適切な処方と考えられたのはわずか353例、つまり506例のうち153例(30.2%)は不適切処方ということになります。

 日本にも似たような報告があり、こちらはもっと“ひどい”結果です。東日本大震災後の宮城県石巻市の避難所で、被災者に処方された抗菌薬のなんと9割が不適切だったというデータを、神戸大や石巻赤十字病院のチームがまとめました。成果は2016年6月の日本プライマリ・ケア連合学会で発表され、複数のメディアが記事として報じたので、目に留めた方も多いと思います。私も報道を見て驚きました。

 報道によれば、11年に石巻市内の避難所98カ所に設置された診療所で医師の診療を受けた7934人のカルテを調べたところ、1896人に合計2646回、抗菌薬が処方されており、このうち適切な処方はわずか228回と全体の8.6%しかなかったそうです。つまり、不適切処方が2418回(91.4%!)もあったというのです。

 アメリカの医師も3割は基本が分かっていない。そして、日本人の医師にいたっては9割以上もデタラメなのか、と感じた人もいるでしょう。しかし本当にそうでしょうか。

本当に不適切な処方なのか

 抗菌薬は細菌感染に用いる薬ということは医師でなくても多くの人が知っていることです。つまり、インフルエンザウイルス感染症やウイルス性胃腸炎を疑ったときには抗菌薬を処方しないのです。これはどんな医師であっても同じです。では、なぜ結果として不適切処方が起こるのでしょうか。

 そもそも、米国や石巻市の避難所で実際に行われた処方が不適切であったと言い切れるでしょうか。ここで具体的な症例を考えてみましょう。

 高熱と倦怠(けんたい)感、喀痰(かくたん=たん)、せきが生じた例があったとします。たんを顕微鏡で調べる検査(グラム染色)を行い、多数の好中球(白血球の一種)が細菌を食べている像(これを貪食<どんしょく>像と呼びます)が認められれば、医師は細菌感染と考え、抗菌薬を処方することになります。そしていったん症状が治まりかけますが、再び発熱したために患者さんが再度医療機関を受診し、あまりにも倦怠感が強いためにインフルエンザ抗原を調べてみたところ、陽性であったとしましょう。この場合、最終診断は確かに「インフルエンザ」です。しかし、このケースでは先に細菌感染があり、その後インフルエンザに感染した可能性が強いわけです。後日、カルテをみて「これはインフルエンザの確定診断がついているから抗菌薬の処方は不適切」というのは、後から言えることであって、しかもそれが正しいわけではありません。

 特に避難所では、顕微鏡が使える環境ではなかったでしょうから、自覚症状や胸の音、せきの性質、たんの色など限定された情報で、判断することになります。後日カルテをみて「この症状は細菌感染ではなかった。だから抗菌薬の処方は不適切だった」とするのは、被災地で奮闘した医師に対して失礼ではないのか、と私は感じます。

 もう一つ例を挙げましょう。高熱と下痢、倦怠感が続いていて水分が取れない症例です。問診から魚介類と鶏モモ肉のタタキを食べて3、4日してから症状が出たことが分かりました。胃腸炎はウイルス性の方が圧倒的に多く抗菌薬は不要です。しかしウイルス性であればもう少し軽症で済むことが多く、それに3、4日経過してから症状が出るのは細菌性である可能性が高いのです。このケースは臨床的に細菌性を疑い、抗菌薬を処方すべきだと考える医師の方が多いと思います。そして、初診時に便を取ってもらい培養検査を行います。1週間程度かかって結果が出てみると、何も培養されなかった、つまり細菌は検出されなかったということがしばしばあります。さて、このケース、ウイルス性だと言い切れるでしょうか。この場合も、後から検査結果をみて「抗菌薬処方は不適切であった」とするのは、不適切ではないでしょうか。

「とりあえず」の処方はありえない

 我々医師は学会や研究会、あるいはもっと小さな規模のカンファレンスなどで「症例報告」というものを行います。ある症例に抗菌薬が処方されていれば、必ずそれが適切であったかどうかが検討されます。もしも、いいかげんな根拠のもとに抗菌薬が処方されていたとすれば、発表した医師はその場にいる医師全員から激しく“攻撃”されます。こういったことから考えても医師が抗菌薬を不適切処方するという可能性は低いと私は思います。

 本来、米国でも日本でも抗菌薬処方が適切か否かを検討するならば、カルテや調査票を用いるのではなく、一つ一つの症例に対し、診察した医師の「症例報告」を聞くべきだ、というのが私の考えです。

 それでもすべての医師が、結果からみて不適切でも診察時には適切な抗菌薬処方をしているはずだ、と自信を持って言い切ることは私にはできません。なぜなら、「前の病院では熱があるというだけで抗生物質を処方された」「とりあえず抗生物質を飲むようにと言われた」と言って受診する患者さんが時々いるからです。前に診察した医師がこんなことを本当に言ったとは思えない(思いたくない)のですが、事実であれば問題です。

 熱があるだけで抗菌薬を処方する、ということは考えられません。もしも発熱の原因が、当連載の「抗菌薬が引き起こす危険な副作用と、キス病」で紹介した伝染性単核球症(キス病)であったとすれば、その後強烈な皮膚症状に苦しめられる可能性が出てきます。また、頻度は高くないものの「薬剤熱」といって抗菌薬を飲むことで熱が出ることもあり、ますます診断がつきにくくなってしまいます。

 また「とりあえず抗菌薬」などという処方は絶対にありません。抗菌薬は「とりあえず」処方するものでは断じてなく、細菌感染が強く疑われたときにのみ処方されるものです(注)。

 そもそも抗菌薬は他のカテゴリーの薬剤よりも副作用が生じやすいのです。意識低下を起こし、命にかかわる激烈な副作用(アナフィラキシー)が起こることもあります。医師はそのような重篤な副作用が起こるリスクを抱えて抗菌薬の処方をしているのです。

過剰使用を防ぐ方法とは

 最後に、あなた自身でできる抗菌薬過剰使用を防ぐ方法を紹介します。これらを実践すれば、危険な薬剤耐性菌を生み出すリスクを下げられ、自分がそんな危険な細菌に感染する可能性も下げられるかもしれません。逆に、安易な抗菌薬の使用を行えば、薬剤耐性菌によってあなた自身の命が奪われる可能性があるのです。

○抗菌薬は必ず医師に処方してもらう(個人輸入はおこなわない! 海外の薬局で買わない!)

○処方された抗菌薬は大きな副作用が出ない限りは最後まで飲み切る(「自宅にあった抗菌薬を飲みました」という人がいますが、抗菌薬が自宅にあること自体がおかしいのです)

○診察時に「抗菌薬が必要か」を尋ねるのはOK。「抗菌薬をください」はNG(「お金を払うって言ってるでしょ!」と怒り出す人がいますが、そういう問題ではありません)

○抗菌薬が処方された時は理由を医師に尋ねる(本当に過剰処方をする医師がいれば、患者さんが毎回尋ねればやめるでしょう)

   ×   ×   ×

注:厳密に言えば、抗菌作用以外の効能を期待して抗菌薬が用いられることもあります。例えば慢性副鼻腔(びくう)炎に対してマクロライド系の抗菌薬が少量長期投与されることがあります。これは抗菌作用ではなく「抗炎症作用」など他の効能を期待してのことです。また「酒さ(しゅさ)」と呼ばれる顔面に生じる非感染性の慢性炎症性疾患に対しては、テトラサイクリン系の抗菌薬を、抗炎症作用を期待して用いることがあります。こういった使用は特殊な例です。またこのような目的でも安易な処方をすべきではないことは変わりありません。

抗菌薬の過剰使用を考えるシリーズ第1回はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。