実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

急増する「いきなりHIV」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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エイズという病を知っていますか?【4】

 「いきなりエイズ」という言葉をご存じでしょうか。私は次第に市民権を得つつある言葉だと感じていますが、「初めて聞いた」という方もいるかもしれません。もう一つ、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染とエイズの意味の違いはどうでしょう。この違いを患者さんに尋ねられることも、最近減ってきています。このあたりの理解は、一般によく広がってきているのだろうと思います。

 一方、「いきなりHIV」などという言葉はこれまで世の中には存在していません。私が勝手に言い始めた言葉です。

感染の自覚のないまま発症する「いきなりエイズ」

 順序だてて、まず「いきなりエイズ」について説明しましょう。そのためには「エイズ」の定義をおさらいする必要があります。エイズとは「HIVに感染しており、なおかつ特定23疾患のいずれかを発症している状態」となります。「特定23疾患」というのは、結核やトキソプラズマ脳症、イソスポラ症など、免疫能が低下したときに発症する疾患です。この中には単純ヘルペスウイルス感染症という、日常的によくある感染症も含まれていますが、この場合は、「1カ月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍(かいよう)」という注釈がついています。ですからHIVに感染しただけではエイズではありませんし、「HIV感染+1週間で治った口唇ヘルペス」もエイズとは呼びません。

 そして「いきなりエイズ」とは、エイズを発症して初めてHIVに感染していることが発覚したケース、ということです。

想定外の感染に驚く「いきなりHIV」が急増

 一方、私が提唱している「いきなりHIV」は、「エイズを発症していないものの、何らかの症状が出現し、そこからHIV感染の診断がついた、そして、本人はHIV感染などとは夢にも思っていなかった」というケースです。「いきなりエイズ」とは、エイズにはなっていない=特定23疾患は発症していない、という違いがあります。この「いきなりHIV」と呼べる症例が2009年以降増加している、というのが今回お伝えしたいことです。

 私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は07年1月にオープンしました。07年、08年は、HIV感染が発覚した症例の大半(およそ8割)は患者さん自身がHIVに感染した可能性がある、と考えていた症例でした。「症状は何もないけれども危険な行為があったから……」というのが検査を受ける大半の人の理由でした。こういった場合、検査は保健所などの無料検査もありますから、あえて医療機関で受けなくてもよかったのです。

 ところが、09年あたりからこの傾向が大きく変わりました。まず、「症状はないけれども危険な行為があったから」という理由で検査を希望する人が大きく減少しました。代わりに保健所での検査が増えれば問題ないのですが、残念ながら同年以降は保健所で検査を受ける人も減少しています。これは、HIVに対する関心が全国的に低下したことを示しています。

 09年は新型インフルエンザが流行したから、そのせいで一時的にHIVへの関心が低下したんだろう、という声もありましたが、残念ながら翌10年は検査を受ける人がさらに減少し、この傾向は今も続いています。

 一方、「いきなりHIV」の患者さんは、07年、08年には谷口医院でHIV感染が分かった人の2割程度だったのが、09年には約半数に、10年にはさらに割合が増え、この傾向は現在も継続しています。最も多い年では「いきなりHIV」率が7割にもなっています。HIV感染が発覚する人の大半が、「まさかHIVなんて考えてもみなかった」という人だったのです。

「いきなりHIV」が見つかるケース

 「いきなりHIV」は患者さん自身が感染を心配していないのですから、自己申告でHIV検査をすることはありません。医師が「感染を疑う」ことが発見の第一歩です。では、どのような患者さんを診たときに我々はHIV感染、「いきなりHIV」を疑うのでしょうか。私は三つに分類しています。

 一つ目は「急性HIV感染症」を疑った場合です。発熱、倦怠(けんたい)感、リンパ節腫脹(しゅちょう=リンパ節の腫れ)、皮疹(ひしん)などの症状から、HIV感染が発覚するというケースです。ただし、こういった症状を診て、すぐにHIV感染を疑うわけではありません。「この症状があれば必ず急性HIV感染を疑うべきだ」という指標は一つもありません。最初はもっと頻度の高い感染症、例えばインフルエンザや麻疹、海外渡航歴のある人ならデング熱やマラリアを疑います。リンパ節腫脹が顕著なら、伝染性単核球症(以前紹介した「キス病」のことです)やサイトメガロウイルス感染なども鑑別に入れます。もちろん溶連菌による咽頭(いんとう)感染や、下痢を伴っている場合であれば病原性大腸菌やサルモネラによる消化器感染症も考えます。そして、こういったよくある感染症(common infectious disease)を否定したときにHIV感染も鑑別に入れることになります(注1)。

 もしも患者さんの方から、「実は薬物の針の使いまわしがあって……」とか、「危険な性交渉があって……」などという申告があれば、初めからHIV感染も疑うことになりますが、通常検査時にこのようなことを話し出す患者さんは、自分でもHIV感染を疑っていますから、こういうケースは「いきなりHIV」には含めません。

難治性感染症、長期の発熱、リンパの腫れなどから分かることも

 「いきなりHIV」が発覚する二つ目のケースは、難治性の(性)感染症があるときです。どのようなものがあてはまるかというと、梅毒、尖圭(せんけい)コンジローマ、B型肝炎などです。これらの治療がうまくいかないときには、HIV感染を合併していることがときどきあります。また、以前紹介したように「2回目以降の帯状疱疹(たいじょうほうしん)」や帯状疱疹の重症型である「汎発性(はんぱつせい)帯状疱疹」があればHIV感染を一度は疑います(注2)。これらの病気は免疫能が低下していることによって起こり得るからです。

 三つ目は、発熱やリンパ節腫脹、皮疹、下痢といった非特異的な症状が重なって長期で出現している場合です。例えば、単なる脂漏性皮膚炎でHIV感染を疑うことは通常はありませんが「脂漏性皮膚炎+長引く微熱」や「繰り返す倦怠感+下痢」などでは場合によっては検討することもあります。リンパ節腫脹も、疲れたときに出現することは珍しくありませんが、倦怠感や微熱もあるような場合はHIV感染の可能性を考えることもあります(注3)。

 「いきなりHIV」は、患者さんにとっては「青天のへきれき」です。まず大変驚かれますし、事実を伝えることがとても大変な場合もあります。検査の同意を得るときも、HIV陽性であることを伝えるときも大変なのですが、ここが医師の“腕の見せどころ”なのかもしれません。

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注1:急性HIV感染症はHIVに感染するとすべての人に起こるわけではありません。報告によって異なるのですが、だいたい半数程度はなんらかの急性症状が出現するとされています。当院でHIV感染が発覚した患者さんについても、だいたい半数くらいに何らかの症状(軽症から重症まであります)が出ています。そして残りの半数の患者さんは、まったく症状がなかったと言います。

注2:2回目以降の帯状疱疹や汎発性帯状疱疹があればHIVだけが強く疑われる、という意味ではありません。特に女性の場合は、このようなケースではHIVよりも膠原(こうげん)病の可能性をまず鑑別に加えます。また、特に基礎疾患がないのだけれど帯状疱疹を2回(あるいはそれ以上)発症したことがある、という人もなかにはいます。

注3:患者さんがどのような症状を呈していても、医師が患者さんの同意を得ることなくHIVの検査をおこなうことはありません。実際、HIV感染を強く疑っても患者さんが検査に同意されなければ、「いずれどこかで検査を受けておいてくださいね」とは言いますが、それ以上のことはおこないません。なお、これは他の感染症についても同様です。ただし、例えば救急外来などに意識消失で運ばれてきて、(例えばエイズ特定23疾患に含まれる進行性多巣性白質脳症やHIV脳症が疑われ)HIV感染の可能性があると考えられれば、同意なしで検査をされることもないわけではありません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。