前回に続き、先住民の血を引くバーニーとマチュピチュの森に生育する薬草を紹介していこう。

 あちこちに咲き乱れる野生ランに魅了されていると、バーニーが「私たちの生活にとても身近なランといえば、どのランだと思いますか?」と突然クイズを出してきた。読者のみなさんはどのランを想像されるだろう。「カトレア? コチョウラン?」思いつく名前を挙げてみると「チョコレートやアイスクリーム、ケーキなどの香りづけに使われているバニラですよ。バニラは中南米原産のランなのです」と答えを明かしてくれた。「木に寄生するつた状のランで、そこにありますよ」。バーニーが5m先の木を指さしていた。

 バニラは春に花をつけ、朝の数時間しか咲かないのだという。乾燥させたバニラビーンズ(種の入ったさや)は甘い魅惑的な香りを漂わせる。香りの正体は、さやの中にぎっしりと詰まったゴマよりも小さな黒い種だ。甘い香りを匂わせるようになるまでには、長い工程を経ている。まず、開花からサヤインゲンのような果実を収穫するまで半年以上かけて成熟させる。そのさやの乾燥と発酵を繰り返していくと、見慣れた黒いさやになる。するとバニリンという香料成分が特有の甘い香りを帯びてくる。種から油を抽出したエッセンシャルオイルや、アルコールでエッセンスを抽出したバニラチンキもある。こうしたものは古くから薬用として使われ、解熱や鎮静作用があり、月経不順などに効くそうだ。

 バーニーが森の中をゆっくり歩きながら手招きした。「このつる植物の花はあちこちで見ていると思いますが、ご存じですか?」と聞くので「マラクーヤですか? このフルーツは酸味が利いていて、体が疲れているときや暑いときにジュースとして飲むとおいしくて大好きです」と答えた。話しているうちにマラクーヤのジュースが飲みたくなった。

 マラクーヤとは中南米の熱帯や亜熱帯原産のトケイソウの実、いわゆるパッションフルーツのことである。名前の“パッション”とは情熱の意味ではなく、16世紀に中南米に派遣されていたイエズス会の宣教師によって名づけられ、「キリスト受難」の意味を表している。和名のトケイソウは、花が時計に似ていることに由来する。古くから葉や花はお茶として飲まれ、不安や緊張を和らげる効果があるそうだ。葉にはアルカロイドとフラボ…

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鷺森ゆう子

エスノ・メディカル・ハーバリスト(民族薬用植物研究家)

さぎもり・ゆうこ 神奈川県生まれ。動物専門学校看護科卒。日本大学英文学科卒。1994年より動物病院で獣医助手として勤務する。同時に海や川の環境保全を行う環境NGOに携わり、海洋環境保全に関するイベントの運営などを行う。また中米のベリーズを訪れ、古代マヤ人の知恵を生かしたナチュラルメディスンに触れ、自然の薬に、より関心を持つようになる。このような体験を会報誌へ執筆する。95年から1年間、東アフリカのケニアにて動物孤児院や、マサイ族の村でツェツェフライコントロールプロジェクトのボランティアに参加する。このときサバンナでは、マサイ族直伝のハーブティーなどを体験する。帰国後は再び環境NGOなどに関わりながら、国内での環境教育レクチャーや、中米グァテマラの動物孤児院にてボランティア活動を行うなど、野生生物と人との共生について探求する。2006年から野生生物の生きる環境や、世界の自然医療の現場を巡る。

藤原幸一

生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表

ふじわら・こういち 秋田県生まれ。日本とオーストラリアの大学・大学院で生物学を学ぶ。現在は、世界中の野生生物の生態や環境問題、さらに各地域の伝統医学に視点をおいて取材を続けている。ガラパゴス自然保護基金(GCFJ)代表。学習院女子大学・特別総合科目「環境問題」講師。日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」監修や「動物惑星」ナビゲーター、「世界一受けたい授業」生物先生。NHK「視点論点」「アーカイブス」、TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」などに出演。著書は「きせきのお花畑」(アリス館)、「森の声がきこえますか」(PHP研究所)、「マダガスカルがこわれる」(第29回厚生労働省児童福祉文化財、ポプラ社)、「ヒートアイランドの虫たち」(第47回夏休みの本、あかね書房)、「ちいさな鳥の地球たび」(第45回夏休みの本)、「ガラパゴスに木を植える」(第26回読書感想画中央コンクール指定図書、岩崎書店)、「オーストラリアの花100」(共著、CCCメディアハウス)、「環境破壊図鑑」(ポプラ社)など多数。