実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

日本の医療機関 HIV差別の実態

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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エイズという病を知っていますか?【5】

 私がタイのエイズ施設「パバナプ寺」に初めて赴いた2002年には、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)を診察する医療機関はほとんどなく、感染者が医療機関に行けば「門前払い」をされていました。これは、当時のタイには抗HIV薬がなく有効な治療がおこなえなかったことと、世間に広がる差別意識のためでした。私がパバナプ寺でボランティア活動をした04年あたりから抗HIV薬が使えるようになり、また医療者の間では差別意識も消失し、受け入れてくれる医療機関が増えつつありました。

 現在のタイでは医療機関でのHIV差別などはほとんどなく、病院によってはHIV陽性者がボランティアでHIVの検査に来た人の検査前カウンセリングを行い、感染していることが分かった場合は、病気の説明までするというところもあるほどです。

 一方、日本の現実は……。例をあげましょう。

かかりつけの歯科に受診を断られた

 14年5月4日付の高知新聞に、こんな記事が載りました(表現は原文のままです)。「県内で暮らすエイズウイルス(HIV)陽性者が昨年、歯科診療所で受診した際に感染の事実を告げたところ、歯科医師からその後の診療を断られていたことが関係者への取材で分かった」。翌日以降、毎日新聞、朝日新聞などでも同じ内容が報じられています。

 最初に報じた高知新聞の記事から、ことの経緯を追ってみましょう。HIV陽性者(年齢・性別は不明)はHIV感染症で高知大学医学部付属病院に数年前から通院しており、抗HIV薬が奏功し、歯科医院受診時には感染前と同じように働いていたそうです。

 13年の秋、HIV感染が分かる前からかかっていた歯科医院を(感染が分かって以降は初めて)受診し、HIV陽性であることを歯科医師に伝えました。その歯科医師とは「長い付き合い」で、家族以外に感染を伝えたのは初めてだったそうです。記事には「〈ごまかして治療を受けることは自分の責任として納得がいかない〉〈驚くとは思うが、どんな病気かは理解しているだろう〉。そう信じた」と、心情が記されています。

 ところが返ってきたのは、「外に知れる可能性がある」という言葉でした。

 記事は続けて次のように書いています。

 「私の方向性も至らなかったのかもしれませんが、その場での露骨な話し方に正直、パニックになりました。自尊心をえぐられた気がしました。なぜ、別の部屋で話を聞いたり、高知大病院に問い合わせるなどしてくれなかったのか…」

 高知県のエイズ治療の拠点である高知大学医学部付属病院は、「県内での診療拒否は『把握している限り初めて』」「あってはならないこと」というコメントを記事に寄せています。

風邪の受診でも、透析クリニックでも…

 同じく高知県で、14年11月8日付の朝日新聞には、同年5月、別のHIV感染者が、風邪症状で高知市内の内科を受診しようとして、HIV陽性を理由に受診を拒否された、という記事が載りました。

 「なぜ、うちに来るのか…」

 これは、東京都内のHIV陽性の患者さんが、透析クリニックの院長から電話口で言われた言葉だそうです。16年8月30日付の中日新聞・東京新聞が報じています。記事によるとこの男性は、糖尿病やHIV治療薬の影響などで、腎臓の機能が悪化し、週3回の透析治療を受けていました。転居したために、新たに受診するクリニックを探していたところ、このようなひどい言葉を浴びせられたそうです。最終的には受診できるところが見つかったものの、このクリニックを含む約40の医療機関に断られたそうです。

 この患者さんは、院長の言葉が「今も心に突き刺さっている」と取材に答えています。この出来事以後、一時はうつ状態となり、抗HIV薬の服用も透析もやめてしまい、自宅で倒れ救急搬送されました。一命は取り留めたものの、糖尿病が悪化し右足切断に至ったそうです。

 次に、私が太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で実際に体験した症例も紹介したいと思います(本人が特定されないようにアレンジを加えています)。

【症例1】30代男性(Yさん)

 5年前から谷口医院にぜんそくとアレルギー性鼻炎の治療を中心に通院。風邪をひきやすくなったことと、長引く下痢、体重減少などから「HIV感染を疑わなければならない」という話をすると、「実は……ここを初めて受診する前からHIVに感染していたことは知っていたんです。どうしても言い出せなくて……」とのこと。まずは勇気を出してそれを言ってくれたことをうれしく思うと伝え、他にかかっている医療機関がないかと尋ねると、コンタクトレンズの調整で半年に一度近くの眼科クリニックに通院しているとの答えが返ってきました。念のため、Yさんの名前を伏せてその眼科クリニックに電話をすると「うちではHIV陽性者は一切診ることができません」と断言されてしまいました……。

【症例2】40代男性(Kさん)

 脂漏性皮膚炎が治りにくくなってきたことと、原因不明の発熱を繰り返していることからHIVを疑い谷口医院で検査をおこなうと陽性。エイズ拠点病院に紹介し、ただちに抗HIV薬が処方されました。数カ月で血中ウイルス量が検出されなくなり、免疫能も安定しました。

 Kさんには十二指腸潰瘍と逆流性食道炎の持病があり、現在は安定しているものの年に一度のペースで近くの比較的大きな病院で胃カメラ検査を受けています。念のため、その病院に問い合わせると「HIV? うちでは一切診ません」と即答。しかし、私としてもここで引き下がるわけにはいきません。「これまでは貴院で診てもらってるんですよ。これまでのデータは貴院にしかないわけですよ。他院に変われというなら、これまでの病歴や検査データをつけた紹介状を書いてくださいよ!」。後日、Kさんにこの病院に行ってもらうと、受付で紹介状を渡されたものの、担当医はすでに転勤したとのことで会うこともできず帰されたそうです。他の医師が会ってくれてもよさそうに思えるのですが……。

 日本とタイ、二つの国のHIV、エイズをめぐる現状を見ている者としては、医療機関でのHIV陽性者への差別は日本の方が間違いなくひどい、と言えます。次回はなぜ、タイにはない差別が日本にはあるのか、その背景を考えてみたいと思います。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。