実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

医療機関がHIV陽性者を拒むわけ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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エイズという病を知っていますか?【6】

 なぜ、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)陽性者がタイでは普通に医療機関を受診できて、日本では診察を拒否されるのでしょうか……。

 その問題を考える前に視点を変えてみましょう。NPO法人「日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス」がHIV陽性者を対象に行ったアンケート調査(注1)によると、HIV・エイズ以外の治療で受けた医療機関で、「HIV陽性であることを伝えた」と答えた人は35.1%、「伝えたところと伝えていないところがある」が33.3%、そして「伝えていない」が31.6%だったそうです。私の実感としては、もっと多いように思えます。勇気を出して、私に感染していることを伝えてくれた患者さんに聞いてみると、大半が「エイズ拠点病院以外で感染のことを伝えたのは初めてです」と言われるからです。私がタイのHIV、エイズ患者を支援するNPO法人の代表をしていることを知って、伝えてくれる患者さんもいますが、すべての患者さんが私の活動を知っているわけではありません。前回紹介した症例1の男性Yさんのように、5年間も感染を隠し続けていた患者さんもいます。むしろ、初めから伝えてくれる患者さんは少数で、多くは何度か通院し、ある程度の医師・患者関係が確立して初めて話してくれます。

感染を隠す患者、知らない患者

 つまり、日本では多くの医療機関で、HIV陽性の患者さんは自らの感染を隠して受診しているということです。そればかりではありません。前回の症例2の男性Kさんのように、感染していることに気づいていない患者さんも多いのです。Kさんは前々回紹介した「いきなりHIV」に相当する例で、HIVにいつ感染したのかは不明です。当院を受診するまでに何軒かの医療機関を受診していたようですが、そこではKさん自身のみならず医師や看護師もHIV感染を知らなかったということです。当然、Kさんの胃カメラ検査を拒否した病院も、同様に感染を知らずに検査をしていたのです。このように、多くの医療機関が患者さんをHIV陽性者だと思わずに診察しているのが現実なのです。

医療機関はすべての院内感染を防がねばならない

 ところで医師はHIV陽性の患者さんを診察する時に何に気を付けるべきでしょうか。一般の人は「院内感染を防ぐこと」と考えるのではないかと思いますが、それは「間違い」です。なぜなら、HIVに限らず、どの患者さんがどういった感染症を持っているかをすべて把握することは不可能であり、故に「どのような場合であっても」「どんな感染症であっても」院内感染を防ぐ措置を取らなければならないからです。この措置(予防法)のことを「スタンダード・プリコーション(標準予防策)」と呼びます。スタンダード・プリコーションを適切に実践できていればHIVはもちろん、HIVよりもはるかに感染力が強い病原体も、さらに未知の感染症も防ぐことができるのです。

抗HIV薬と他の薬の相互作用に注意が必要

 では、HIV陽性の患者さんを診察する時、医師が気を付けなければならないことの「正解」とは何でしょう。それは処方する薬と抗HIV薬との「相互作用」です。一般的な抗HIV薬は、日常診療でよく使われる抗菌薬、鎮痛薬、睡眠薬、抗不安薬、高脂血症の薬などとの飲み合わせが悪く、抗HIV薬の効果が薄れてしまうことも起こります(注2)。これは絶対に避けなければなりません。ですから、私はHIV感染を隠して受診しているという患者さんには「そんなことするとHIVの薬が効かなくなりますよ!」と厳しく言い、相互作用の難しさを伝えます。

診療拒否の理由は風評被害への懸念?

 ここで最初の疑問に話を戻します。なぜ日本ではHIV陽性者は診察を拒否されるのか。拒否されるといっても、感染を隠して受診している人や、感染に気付いていない人は診ているわけです。正直に感染を伝えた人だけがなぜ拒否されるのか。抗HIV薬は他の薬との飲み合わせが難しく、処方に骨が折れるからでしょうか。これは違うでしょう。抗HIV薬以外にも飲み合わせに注意が必要な薬は山ほどあります。

 理由として、しばしば挙げられるのが「風評被害」への懸念です。つまり「〇〇病院はHIV陽性者がいるから受診してはいけない」と考える人がいて、そのために患者が減ってしまうと考えた医療機関がHIV陽性者の診察を断るのでは、という見方です。これがばかげていることは自明でしょう。多くの医療機関を、HIV陽性を隠している人、感染に気付いていない人が受診しているのですから。またHIV陽性者が多数集まるエイズ拠点病院はどこも大規模で、他科の患者さんも多数受診しています。「HIV陽性者がいる病院は受診できない」と言うと、どこも受診できません。

感染防御に自信がないから…

 疑問に対する答え、私の仮説は、「診察を拒否する医療機関は院内感染予防の対策をきちんと実践していないのではないか」ということです。医療器具などの感染予防、前述のスタンダード・プリコーションを適切に実施していないが故に、他の患者や、自分たち医療者への院内HIV感染を防ぐ自信がない。だから拒否するのではないかと思えるのです。もっとも、そういう医療機関にも、感染を隠して、または気づかずに受診しているHIV陽性者がいるでしょうから、これ自体がばかげた理由なのですが。

 スタンダード・プリコーションを適切に実施していればHIVはもちろん、HIVよりも感染力が強いB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスの院内感染を防ぐことができます。ですから、HIVを拒否する医療機関は感染予防対策をなおざりにしている可能性がある、と考えられます。

 では一般の人は、HIVの院内感染を防ぐために何に気を付ければいいのでしょうか。この「答え」は、次回お話しします。

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注1:日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス「HIV陽性者の医療に対するニーズ調査 報告書」(2012年12月)より。回答者数160人。

注2:ここ数年で広く使われるようになった抗HIV薬は、飲み合わせが比較的簡単になってきています。しかし、以前からの薬を服用している患者さんも大勢いますし、新しい薬でも飲み合わせをまったく無視していいいわけではありません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト