総合診療医の視点 -命を救う5分の知識- フォロー

歯科医院での院内感染を防ぐには

谷口恭・谷口医院院長

エイズという病を知っていますか?【7】

 2016年2月、神戸市のある大きな病院が、60~90代の男女3人の入院患者が劇症化した急性B型肝炎で死亡したことを発表しました。3人は15年7月に同じ病棟に入院しており、B型肝炎ウイルス(HBV)はほぼ同一のもので、病院側は「院内感染を否定できない」と報告しました。

 07年12月、神奈川県茅ヶ崎市のある病院で、心臓カテーテル検査を受けた患者5人が相次いでC型肝炎ウイルス(HCV)に感染したことが明らかとなりました。翌年3月、同市は、注射筒などの使いまわしが原因となった可能性があることを発表しました。

 13年3月、米国オクラホマ州の歯科医院で治療を受けた患者がHIV(ヒト免疫不全ウイルス)とHCVに院内感染していたことが明らかとなりました。これを受けて、同州の保健当局は、この歯科医院で治療を受けたおよそ7000人にHIVとHCVの検査を呼び掛けました(注)。

 日米とも、医療現場の感染対策はいったいどうなってるの?と思いたくなりますが、もっと恐ろしいデータがあります。

器具を適切に交換している歯科医院は3割?!

 歯科医院での院内感染対策の実態を調査し、その結果と対策をまとめた「患者が求める医療安全院内感染対策」(泉福英信・編著、ヒョーロン・パブリッシャーズ)という書籍があります。この中で、歯科医院でどれくらい感染予防対策がおこなわれているかを調査したアンケートの結果が紹介されています。編著者で、国立感染症研究所の泉福英信氏らがF県とA県について調べたもので、具体的には「患者ごとにハンドピース(歯科用ドリル)を交換していますか」という設問です。

図:A県、F県の歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査結果より。「患者ごとにハンドピース(歯科用ドリル)を交換しますか」という質問に対し、「必ず交換している」と答えた歯科医療機関は、F県では約3分の1(2014年)、A県ではそれ以下(12年)しかなかった=「患者が求める医療安全院内感染対策」(泉福英信編著、ヒョーロン・パブリッシャーズ刊)83ページの図9を一部改変
図:A県、F県の歯科医療機関における院内感染対策アンケート調査結果より。「患者ごとにハンドピース(歯科用ドリル)を交換しますか」という質問に対し、「必ず交換している」と答えた歯科医療機関は、F県では約3分の1(2014年)、A県ではそれ以下(12年)しかなかった=「患者が求める医療安全院内感染対策」(泉福英信編著、ヒョーロン・パブリッシャーズ刊)83ページの図9を一部改変

 このアンケート調査の結果を詳しく報じた14年5月18日付読売新聞の記事と合わせて見てみると、同年のF県での調査では、「患者ごとに必ず交換」との回答はわずか34%。一方、「交換していない」は17%、「時々交換」は14%、「感染症にかかっている患者の場合は交換」は35%で、計66%の歯科医院が適切に交換していません。A県では、06、08、10、12年と計4回同様の調査がおこなわれており、「患者ごとに必ず交換」と答える歯科医院の割合が少しずつ増えてきていますが、12年調査でもF県と同様、全体の3分の1程度です。

 大変衝撃的な調査結果です。「交換していない」「時々交換」が合わせて3割以上という事実もショッキングですが、「感染症にかかっている患者の場合は交換」と答えた歯科医院がおよそ35%にも上るということにも驚かされます。前回述べたように、HIV陽性者の多くはHIV感染を隠して、またはHIV感染に気付かずに医療機関を受診しています。「感染症にかかっている場合は交換」と答えた歯科医院は、すべての受診者を診察前に採血してHIV感染の有無をチェックしているのでしょうか。もちろん実際にはそんなことをしていないでしょう。「感染症にかかっている場合は交換」と答えた歯科医院は、患者は皆、自身の感染症をしっかり把握し、受診時には必ず正直に申告している、と考えているのでしょうか。何ともお気楽な話です。

機材があれば難しくはない滅菌処理

 ではF県とA県だけが特殊なのでしょうか。もしも全国的に同じような状況だとすると大変なことになります。米国オクラホマのような事故が起こるのも時間の問題でしょう。この調査が現在の日本の歯科医院の現実を示しているなら、国を挙げて直ちに対策を取らねばならない、と思います。

 医療機関での感染防御は、適切な知識があり、超音波洗浄機やオートクレーブなどの滅菌器と、その他の滅菌に必要な数種の機材があれば、ある程度の手間はかかるでしょうが、難しいものではありません。歯科医療でいえば、使用した器具を専用のカセットに入れて、超音波洗浄をおこない、その後専用の医療用のラップをまいて滅菌器に入れれば終わりです。後は、使用前に滅菌の有効期限が切れていないことを確認するだけです。

 個人的には、滅菌をなおざりにしている医療機関がそんなに多いとは思えないのですが、実際はどうなのでしょうか。私が患者として通院している歯科医院はきちんと院内感染対策をされています。私が診察台(デンタルチェア)に座ると、歯科衛生士が専用のラップにくるまれたカセットを専用のテーブルに置いて、そのラップを開けます。ラップの内側はすべて滅菌された状態です。そして滅菌されたグローブをはめ、カセットから器具を取り出し、施術が始まります。このような手順であれば医療器具を介しての院内感染など起こるはずがありません。

あなたの通う歯科医院は大丈夫?

 しかし、前述の調査では、このような対処をしていた歯科医院は3件に1件……。あなたの通院している歯科医院は大丈夫でしょうか。そしてそれを確かめる方法があります。非常に簡単な方法です。

 滅菌器を見せてもらう必要はありませんし、「滅菌していますか」と尋ねる必要もありません。そんな質問をすれば、滅菌していない医院も「しています」と答えるかもしれません。そこで「HIVの患者さんが来られても診察されますよね」と聞いてみればいいのです。「もちろん」との返答があれば、確実に適切な感染対策ができています。実際、私が通院している歯科医院はHIVの患者さんも普通に診察されています。これだけできちんと感染予防対策を実施していることがわかります。もしも「HIVは診ません」という答えが返ってきたら……。私ならそのような歯科医院には金輪際行きません。

   ×   ×   ×

注:このニュースを報じた記事はこちら

医療プレミア・トップページはこちら

谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。